第7話犯人はおまわりさんです
課長たちが叱られてる時、木下は佐藤里奈の幽霊と一緒に、殺害現場にいた。
物証や証拠などは鑑識が綺麗に清掃していったが、当事者とともに、事件の経緯を辿れば、おそらく、警察の捜査よりも正しい情報が手に入るはずだ。
木下はそう考え、佐藤里奈を連れてきたが、彼女にはまだ感情が残っているのか、自分が殺害された場所は抵抗があるようで、苦悩の表情を浮かべていた。
「つらいだろうけど、思い出してほしい。君は犯人の顔を見たかい?」
佐藤里奈が軽くうなずく。しかし、言葉を発せないのか、犯人の特徴を教えて貰うことはできそうにない。
「そうか。それなら容疑者が出てきたらすぐわかるわけだ。これは大きいぞ。あとは犯人に繋がる糸と、証拠か……。まさか、殺された本人から聞いたなんて言えないからな」
木下は殺害現場の周囲を見渡す。
茂みが多くて見通しもあまりよくない公園。
外灯もそれほど多くはないため、夜になると一般人はあまり近寄らない。こんな場所を、まだ陽が落ちてない時間帯とはいえ、年頃の女の子がひとりで通るだろうか。
「……本当に、この場所で殺されたのか?」
物証を探すために、しゃがみこみ、草木をかけわけながら独り言をつぶやくと、地面に落ちていた石が動きだした。
“ここではありません”
「……っ!」
警察の捜査方針を一転させる事実と、突如と目の前でおきた怪奇現象に木下は絶句した。
しばらく呆然とする時間が過ぎる。
一分、二分。どれくらいたっただろうか。
「おい、お前、木下か? そこでなにしてるんだ?」
はっ、と我にかえり、視線をあげると、スーツを着た二人の男性がこちらを見ていた。
「いまは本庁との合同会議で、お前も召集されているだろ」
手前の若い方の男性が木下をにらみつける。年の頃は木下と同じくらい。さっぱりとした清潔感のある顔つきだったが、どこか品がなく、偉そうな態度が鼻につく感じがすべてを台無しにしている。
「君の同期かね?」
「あっ、安藤さん。昔、相方を組んでいた木下です。こちら、名前は聞いたことあるだろう。都内検挙率ナンバーワンの安藤さんだ」
小暮の後ろにいた四十過ぎだろうか、二枚目、ダンディと言ってもいい男前で、ファザコンの若い女性には人気がありそうな容姿だ。
スタイルもよく、エリートサラリーマンと言われたら誰もが納得しそうだ。
「小暮くんの相方の安藤です。よろしく」
柔和な笑みを浮かべながら、木下に握手を求める。
「よ、よろしくお願いします。お噂はかねがね……」
敬語を普段使わないため、しどろもどろな挨拶をする木下。
「ここは連続殺人事件の現場となった場所ですね。ひとりで捜査ですか?」
「あ、は、はい。ちょっと気になることがあって……」
気づかれないように、あわてて佐藤利奈が書いた地面の文字を足先で消す。
「現場百編と言いますからね。気になることがあれば何度も現場を訪れるのは刑事としては立派ですが、捜査に参加しないことと相方を置いてくるのは関心しませんね。私みたいになってしまいますよ」
安藤は、握手をしたまま、自虐ネタに高笑いする。
能力も経験もあるのに、警部への道を行かないことに、刑事内でも七不思議のひとつになっていた。
本人にその意志がない、というのも理由にあるのだろうが、安藤もまた、組織に忠実ではなく、やや独断専行の気があることも原因なのだろうか。
いま、注意している当の本人も木下が出席するはずの合同捜査に行かず、ここにいるのだから。
「安藤さんもここで何か気になることが?」
「ええ。鑑識もちゃんと調べたし、現場検証もしてるのですが、なんとなくまだ犯人の手がかりがあるような気がしてね」
「俺たちはこの現場を中心にした半径五百メートルをしらみつぶしに探索と聞き込みをしてたんだよ。お前はなにしてたんだ?」
「……特になにも。いま来たばかりだったから」
殺害現場がここではないことはまだ言えない。
報告するには情報も、証拠もまるで足りない。
「収穫なしか。じゃあ、もう所轄に戻れよ。本庁には俺たちから報告しておくから」
「まあまあ、小暮くん。そう頭ごなしに言わなくても。せっかく来たんだから、納得いくまで調べたらいい」
「安藤さんがそう言うなら……。でも、上から目を付けられる前に早く戻った方がいいぞ」
言葉遣いとは裏腹に、小暮は木下のことを心配しているのだろうか。木下を指さしながら注意をする。
「じゃあ、僕たちはこれで」
軽く会釈をして、安藤たちは背を向けて公園から出て行った。
「……さて」
気を取り直して、後ろを振り返ると、佐藤里奈がうつむいて、肩をふるわせていた。
「ど、どうしたの!?」
もうすでに死んでいる者にどうしたもないが、木下はあわてて近寄り、支えようとして宙をつかむ。
バランスを崩しかけた木下は佐藤利奈が書いた新たな地面の文字に気づいた。
“はんにん”
「……え?」
一瞬、どういう意味かわからず、木下は彼女を見る。
佐藤里奈は、おびえた様子でうつむきながら、帰っていったふたりの刑事の方を指さし、再び石を動かす。
“としうえのほう”
「安藤さんが、犯人……?」
あまりの衝撃的な内容で、すんなりとは受け入れることはできなかった。
しかし、殺された本人が、自分を殺した人間の顔を見ている以上、嘘であるはずがない。その他の可能性といえば。
「本当か? 見間違いとかないか?」
いつになく真剣な表情の木下に、佐藤里奈も青白い顔で何度もうなずく。
「……マジか」
呆然とした顔で木下が地面を見つめる。
その時、彼は「信じていたものが目の前で崩れるとこんな気持ちになるのかな」と、不意に、そんなことを考えていた。
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