第2話裏社会と関係がありそうな探偵の友人

「もしもし、お世話になってます。日下部探偵事務所の日下部です……ええ。はい。組長代理の白樺さんを……ああ、はい。今日はちょっとお聞きしたいことがありまして」

「ちょっと、どこにかけてるの!?」

おびえ出す木下に、日下部は人差し指をたてて止める。

電話の相手が組長代理を呼びだし中なのか、受話器から音楽が流れると、小声で聞いてきた。

「お前が追ってる男の名前は?」

「あ、小西充だけど……」

「オッケ。任せろ」

なにを任せればいいのか。木下が不安でいると、相手が受話器にでたようだ。

「ああ、はい。お世話になってます。日下部です。今日は聞きたいことがありまして。小西充という男を知りませんか?……ええ。たいしたことじゃないんですが、知り合いが探してまして……ええ。はい。ああ、そうですか? それは助かります。では、そのようにお願いします。ありがとうございました。失礼します」

一方的に話し終えると、日下部は受話器をおろす。

「おいおいおい、ちょっとまって、どういうこと?っていうかなに?誰なの?」

混乱している木下は質問したいこともわかってないようにまくしたてる。

「まてまて、落ち着けって。そのスリ? の男はこれからお前の警察署の近くにある、喫茶“カノン”っていう店に向かうから、それをお前が捕まえるんだ」

「……どういうこと?」

「いま言ったろ。その“カノン”って店にいけばそいつがいるから」

「えっと……? なんでそこにいるってわかるの?」

「めんどくさいな。いいから行けよ。もしかしたらお前の方が先に着くかもしれないけど、待ってればくるから」

まったく腑に落ちてない表情の木下は首をかしげながら立ち上がる。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



喫茶“カノン”につくと、本当にその男がいた。

店の中でも一番高いステーキやらパフェ、ドリンクを机いっぱいに注文し、食べまくっていた。

「……こんなところでなにしてんだ」

「ああ、旦那。自首ですよ。旦那もひとが悪い。日下部さんとこと知り合いなら先に言ってくれれば逃げ出さなかったのに」

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「あら? ご存じない? 裏取引ですよ」

「裏取引?」

「そうそう。私に自首するよう組からお達しがあったんですがね、その命令をしたのが日下部の旦那。そういうことです。まぁ、私は捕まってもどうせしょんべん刑ですから、組から支援金がでると思えば悪くない取引です」

「……聞かなかったことにするわ」

「それが賢明でしょうね。ところで、ここの支払いは旦那にお願いしてもいいですね?」

木下がレシートをみると、五千円を上回っていた。



「よくやった。自分のミスは自分で取り返す。それでこそ刑事だ」

笑いながら言う、上機嫌な課長に肩をたたかれる。

「ははは、ありがとうございます。それじゃ、この男を留置所に連れていきますね」

「うむ、今度は逃すなよ」

「はい。ご迷惑おかけしました」

課長と、小西の捜査に協力してくれた周りの同僚たちに頭をさげる。

「……もう逃げないでくれよ?」

廊下にでて、誰もいないことを確認すると、木下は小西に念を押すように言った。

「いやだなぁ、逃げやしませんって。逃げて困るのはむしろ私の方なんですから」

「さっきの話、どういうことだ?」

「あれ? 聞かなかったことにするんじゃなかったんで?」

「いいから。日下部はお前になにを命令したんだ?」

木下が珍しく、にらみつけるような瞳で小西を見る。

「組の上がどういう事情で私を売ったか、詳しいことはわかりませんよ。ただ、私たちのような裏家業の人間の間じゃ、“日下部探偵事務所に近づくな”という暗黙の了解があるんです。私程度のこそ泥なんか、本来なら雲の上の存在で、関わりなんかないと思っていたんですがね」

「……どういうことだ?」

「旦那、なんにも知らないんですね。まぁ、耳がいい私でさえ、ぼんやりとした存在ですからね。警察の中でも知ってるのは一部かもしれない。うちみたいな小さな組の上の、上、そのまた上にも認められてるって噂ですぜ」

「あいつが?」

「もしかして、知り合いなんですか? まぁ、あそこの噂が広まりだしたのはここ数年のことですからね。知らないのも無理ないかもしれませんね」

そんな話しをしていると、エレベーターが地下二階の留置所へ到着する合図の音を鳴らせた。

「よぉ、やっと到着したか。逃げられたって話を聞いたぞ」

門番をしている同期の桜井が笑いながら声をかけてきた。

「うるさいよ。ほら、スリの現行犯で逮捕した小西だ。あとは任せた」

手錠をかけた小西の背中を押し、身柄を桜井へ渡す。これで、小西を見張る役目は終わった。

「そういえば、さっき、石原さんが呼んでいたぞ。ちょうどいま、そこの慰安室にいるって言ってたから行ってこいよ」

「ああ、わかったよ」

「旦那」

そう返事をして、部屋を出ようとすると、後ろから声をかけられた。

「無事、仕事をやりましたって組に伝えるよう、日下部さんに連絡してくださいな」

手錠をかけられた両手を軽くあげて、言う小西に、木下は露骨にイヤそうな顔をして、無視をするように出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る