王子が迎えに来たならば

宗谷 圭

王子が迎えに来たならば

 じゃがいもの皮を剥きながら、私は思わずため息を吐いた。ちらりと視線を横に動かせば、夫がリビングのテーブルで絹さやの筋取りを手伝ってくれている。

 結婚して、一年。好きになって結婚した夫だけども、一年一緒に暮らしてみると次第に不満が出てきてしまう。勿論、そんな事は全く無い、何十年経っても互いへの不満が何も無い夫婦もいるのだろうけれど。

 夫は優しいし、イベントも忘れないし、家事も一緒にやってくれる。世間一般的に見れば、これ以上無いほど良い人と出会えたと思う。

 けど、贅沢なもので。最近はこんな事を考えてしまうのだ。

「良い人なんだけど、とりわけて顔が良いわけでもないし、華やかさも無い。優しいけど、凡庸。大きな不満は無いけど、子どもの頃に夢見た王子様みたいな人と結婚したかった」

 そう、王子様。おとぎ話で、白馬に乗ってお姫様を迎えに来てくれる人。強くて、優しくて、華やかで格好良い人。そんな人が白馬に乗って迎えに来てくれる事を、子どもの頃は夢見ていたっけ。

 ……あ、でもちょっと待って。白馬ってすごく目立つ。でもって、白馬に乗ってるような王子様と言うからにはやっぱり昔ながらのマントとかこう……派手でメルヘンな衣装を着ているわけで……。

 メルヘン衣装を着て白馬に乗った美形が、築四十年木造二階建ての実家に迎えに来たら、あまりにもシュールと言うか、悪目立ちする予感しかしない。……うん、迎えにきても、居留守を決め込むわ。

 あ、今気付いた。王子様と結婚するって事は、いずれ私は王妃様になるって事で。王様になった夫につき従って、諸国を巡る事もあると思う。……という事は、私は各国の王妃様とかとお喋りをする機会もあるかもしれない。

 ……英語ができれば事足りるだろうか。いや、学生時代の英語の成績、かなり怪しかったけれども。

 言葉だけじゃない。王子様と結婚して王族になるとすると、立ち振る舞いも色々言われるんだろうな。綺麗に歩くレッスンを受けたりとか、テーブルマナーを学んだりとか、する事になるのかな。

 あぁ、舞踏会が付き物だから、ダンスも練習しなきゃいけないんだろうな。ダンス以外にも、音楽とか絵画とか、色々な教養が無いとうるさく言われるかもしれない。学生時代に音楽や美術の授業、真面目に受けておけば良かったな。他にも歴史とか文学とか、知らないと周りにうるさく言われる事が多そう。全部、勉強しなきゃいけないかな?

 ……正直言って面倒臭い。

 あぁ、面倒臭いと言えば、忘れちゃいけないのが嫁姑問題。王子様と結婚するって事は、王妃様が姑になるって事で。面倒臭さが庶民の比じゃなさそう。

 王子の嫁として相応しくないとか、所作が優雅じゃないとか、色々言われちゃうのかな。うーん……考えるだけで面倒臭い。

 でも、王家に嫁いだとしたら、一番面倒臭いのはやっぱりアレかな。世継ぎ問題。子ども産まないと、男の子産まないと、って圧力がかかるなんて、想像するだけで胃に穴が空きそう。

 それに……あぁ、そうだ。服。

 お姫様のドレスに子どもの頃は憧れたけど、子どもの頃と趣味が変わっているし。派手なドレスを着るように言われたら、ちょっと抵抗があるな。あぁ、でも華やかな服を着ていないと、華やかな王子様の横に立つには相応しくないのかな?

 服装もそうだけど、格好良い王子様に嫁ぐなら、やっぱり顔も良くないと色々言われるんだろうか。……うーん……悪くはないと思うけど、すっぴんで表に出られるかと言われると躊躇うな……。化粧の仕方とかも色々言われるのかな? 面倒臭いな。

 ……なんか私、さっきから面倒臭いな、って思ってばかりじゃない?

 想像すればするほど、王子様と結婚するのって面倒臭いなって思ってしまうってどういう事なの?

 あれかな。私が大人になっちゃったって事なのかな。王子様と結婚するにあたって発生しうる面倒臭い事を想像できるようになっちゃったから、面倒臭いって思っちゃうのかな。

 ……うん、そうなんだろうな。王族と結婚するって、よっぽど愛が無いと面倒臭いだけなんだろうなって、すごく冷静に考えてる自分がいるし。

 凡庸でも華やかでなくても、愛があって身の丈にあった結婚が一番なんだろうな、多分。

 そう考えると、王子でも何でもない夫と結婚したという事実が、何やらとてつもなく幸福な事のように思えてきた。

「どうしたの? さっきから手が止まってるけど……体調悪い?」

 あまりにも長く考え事をしていたらしい。いつの間にか横にいた夫が、心配そうに私の顔を覗きこんできた。

 そんな夫に、私は「ううん」と首を横に振った。

「大丈夫。ただ、あなたと結婚できて良かったなーって考えてただけ」

 そう言ったところ、夫は「えっ!」と叫んで、顔を赤くした。

 照れて、緩ませながらリビングに戻っていく様子が、何だか可愛い。

 ……うん。王子様が迎えに来たら、って色々と想像してみたけど。私はこの人と結婚して、良かったな。



(了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

王子が迎えに来たならば 宗谷 圭 @shao_souya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ