第8話 家庭科部の長
カズに振る舞って終わりかと思っていたふわふわオムライスを、白刃さんにも作ることになった。ただ作ってもらうだけでは悪いとのことで、彼女も僕に料理を振る舞ってくれるという交換条件を提示され、僕は退路を断たれたように承諾してしまったわけだ。
さすがに白刃さんを家に招くというのも彼女の家に伺うのも小心者の僕にはハードルが高すぎたために、家庭科部の部長に相談することにしたのだが。
「いいよ? 自分で食材とか持ってきて自由にやってもらって」
あっさり、部長は軽く答えてくれた。
「あれ、大丈夫なんですか?」
「部活動の一環ということで認められているからね。五時までは普通に活動してそこから下校時刻までは自由時間になってるんだ」
それなら問題なくお互いの料理を作れる。
「なにさ御船君、カズ君にまた何か作ってあげるの?」
「いや、カズではなくて友達というか、知り合いに……」
友達と言っていいのか分からない相手だったために、いや友達なんてまるで僕と同レベルみたいなレッテル貼り、恐れ多くて僕は口籠りながら言い直す。
その一瞬の迷いを見抜いてきたのか、「男手は助かるよ!」とこの部活を紹介してくれた部長、もとい『
「女、だね?」
「え、えっと……」
「まぁまぁみなまでは聞かないさ。可愛い娘?」
「聞いてきてますよね?」
「てかどこの部活入ってる? うち来ない?」
「た、多分その子は美術部に入ってると思うので……」
たじたじになりながらも質問攻めを回避。
出会い厨ならぬ部活厨、いや部員厨だろうか。しかし冗談であることが分かる口調や言い方なおかげで、特にうざったく思う事は無いのだった。
それが部長、葵先輩のストレートで軽やかな性格であり、良いところだと思う。僕もそう思っているし、部員の皆も部長に対する印象はそんな感じだ。
「そっかぁ残念、美術部は普通に忙しいからこっち入る余裕無いかもなぁ」
「そうなんですか?」
「なんだろ、ここは自由な校風が売りだから色んな発想が生まれやすいのか、卒業生も在学生もなんかしらの賞を受賞していることが多いんだよね。んで、レベルの高い人達がいると自然と周りも競争が生まれて、って感じ」
なるほど。
この前僕が帰ろうとしていた時間にまだ白刃さんが部活終わっていなかったのは、忙しいからか。
「なにさ御船君、早速その腕前で胃袋を掴もうって魂胆か! 実際カズ君のはもう手籠めにとっているもんね!」
「手玉です部長。しかも手玉に取っているつもりも手籠めにしているつもりもないです」
「あっ、でも『手籠め』って力づくとか略奪するみたいな意味もあるよね。もしかしてそういう方向性でカズ君を……!?」
ざわざわと、僕たちの話が聞こえていた周りに居る女子達の空気が何故か変わる。
この家庭科室は、部活動をしている時たまに普段とは違った空気になる時がある。大抵は僕とカズの話をしている時で、けどその理由は僕ら二人とも分かっていなかった。
「いや、筋トレ程度しかしてないインドアの僕だとアウトドアなカズには敵いませんって」
カズは家庭科部と登山部に入っている。
元々山に登るのも、頂上で見える景色や澄んだ空気が好きなのだそう。爽やかな彼らしい趣味だ。というよりその趣味が彼の精神性を作り上げているのかもな。
がっちがちのアウトドアマンで、山登りはそれなりにハードな趣味だ。日常的にそんなことをしているカズと僕では、比べ物にならないだろう。
「ほう、筋トレ。確かに細いけど、御船君もなかなか締まっていそうよね……」
値踏みするように、舐めまわすようにじろじろと僕の体を見てくる葵先輩。
目で追うだけでなく、そのまま僕の両肩へ手を伸ばして触診する医者のように優しく、けれど調べ上げるような手つきで体を触られる。
「おお、これはなかなか……」
「あ、あのっ……くすぐったいです」
「良い体してるね、肩が鍛えられているのはしっかりとした筋トレをしている証拠よ」
「ふ、普通ですって」
肩を触っていた先輩は手を移動させていく。下へ下へと。お腹あたりを触った時、彼女は嬉しそうな声を上げた。
「わ、割れてる! これは……シックスパックだ!」
「はは……ちょっとくすぐったいですって!」
お腹は弱い。腋をくすぐられるのと同じぐらい反応してしまい、笑う声が抑えきれずこぼれてしまう。
僕の反応を見て悪い事をしたと少しでも思ったのか、それともただ飽きただけなのか先輩は体を触っていた手を止める。
「ま、これぐらいにしておくよ。御船君はくすぐったがりさんだね」
「部長の触り方の所為です……」
「いやらしい意味が含まれていそうな言い方ね」
「そんなつもりは……」
「冗談よ。とりあえず部室は使ってもいいから。部長の私にその子の顔見せだけしてくれたら、というか多分私は自由時間も一緒にいるだろうし、その時紹介してくれたらで良いよ」
「分かりました、その子の名前は『白刃』さんです」
「……ほーん」
何かしらその名前に思い当たる節でもあるような、そんな反応をしていた。頭で記憶を巡らせ、合点のいく物がなんだったかを考えているようで眉をひそめている。
「知ってる人ですか?」
「うーん、見れば分かりそうかも。今は思い出せないかな」
記憶が掘り起こせないことを気にせず開き直ったようで、特に引っかかってはいないようだ。こういう楽観的なところが、かなり羨ましい。僕なら詰まったまま、何時間も頭の中で唸っている。
「部室が使えることを伝えたら、多分明日か明後日には来ますので」
「おっけい、私達にもおこぼれはある? ていうか何を作るの?」
「あれです、ふわふわオムライスです」
「おお、じゃあ御船君の腕前拝見で手を打とうじゃないの」
「あ、ありがとうございます……?」
感謝したら良いのか、謙遜するべきなのかよく分からず、疑問形の返しをしてしまうのだった。
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