第7話 ふわふわオムライス
カズへオムライスを作る約束したわけだが、どうせなら期待には応えたい。そんな見栄を張るために、僕は練習をすることにした。
ふわふわオムライスというのは、卵の生地が最初からライスに被っている物ではなく、桃の花のように細長い楕円の卵が乗っているものを言う。柔らかそうな卵の感触や見た目に加えて、半熟の卵にナイフで切れ込みを入れ、ふわっと開く楽しさ。
SNS映えもするし美味しいしで何重も効果が重なり、大人気のオムライスだ。
何度か作ったことはあるが、家で食べる分には普通の半熟オムライスでも良いために、作った回数は少ない。けれど、あらかじめ予行演習すれば問題ないと考えていざ実践。
卵には牛乳を加え、固まりづらくして半熟度を高める。フライパンに一気に流し込み、半月の形に整えてひっくり返し、火を通してふわとろ部分を閉じ込めるようにふっくらとさせる。
久々に作ったわりに悪くない仕上がりだった。
ケチャップをかけ、手を合わせていただきます。
うん、なかなか美味しい。今日は普通にケチャップだけど、何かしらソースを作っても良いな。
あっ、ソースだ。
デミグラスソースやクリームソースがかかっているだけでも、オムライスはさらに煌びやかで美味しそうに見えるな。
カズへ作る時にはちょっと豪華にビーフシチューでも合わせよう。
見栄を張り過ぎている気もするが、喜んでもらうのなら手は出し尽くしてもいいだろう。
本番は次の週の部活帰り。
今週はケーキばかり作っているから、洋食ごはん用にしっかり自分の腕を慣らしておかないとな。
*
自宅へカズを招き、早速料理を始める。
今日のメニューはオムライス、ビーフシチュー、サラダ、コンソメスープだ。
下ごしらえはほとんど終わっていたため、テーブルの前でそわそわと待っていたカズの前へ数十分ほどでメニューが並ぶ。
洋食店並みのメニューが鎮座するさまを見て、彼はキラキラと目を輝かせ、とろけたような表情になる。
「め、めっちゃうまそう……!」
「どうぞ、召し上がれ」
「ありがとな! いただきます!」
テンションが上がっているようで合わせた手から「バンッ」と大きな音が鳴る。すぐさまナイフを取り、ゆっくりその動作を味わうように切れ込みを入れる。
ふわっと半熟卵の香りが辺りに舞い、花が咲くように綺麗に広がる。
「おお……! おおお! スゲー!」
僕も成功の喜びを感じて、心の中でガッツポーズ。
カズも喜んでいるみたいで何より。しかしここからさらに追い上げがあるんだなこれが。
「良ければ、こちらのソースをお使いください」
レストランのウエイターのようにビーフシチューが入ったグレイビーボートと、ホワイトソースの入った小さいミルクピッチャーを差し出す。
「うわ! 高級レストランみたいだ!?」
「こっちがビーフシチューでこっちがホワイトソース。お好みでどうぞ」
「ありがとう!」
カズは早速開いた半熟オムライスの上に、トロトロとソースをかけていく。出来上がったビーフオムライスは黄と茶と白、良い色の
「あきとすげーよな……! うちじゃこんなの出てこないぜ……!」
「いやいや……そんなことないよ」
「あるって! ていうかむぐっ、美味い!!」
オムライスを口に運んだカズから嬉しい感想が返ってくる。
「なんていうんだこれ、味のバランスが良いっていうか口の中で喧嘩しないっていうのか……! オムライスも美味いしビーフシチューも美味い!」
「それは良かった。バターライスにしたおかげかな」
「あっ! 確かにご飯が赤くない!?」
「クリームが乗るから、ライスの主張は控えめにしてるんだ」
「シェフじゃん!?」
「いやいや……」
褒めてくれているんだろうけど、言葉の大袈裟さについ謙遜してしまう。
「あきと! お前すごいって! そんな卑屈にならなくても良いぐらいすごいよ! 俺が証人になる!」
ソースが口に付いたまま、カズはにかっと笑う。
それに気づいた僕はティッシュを数枚取り、カズの口へあてて拭き取る。
「おかんだ……!」
「せめておとんでしょ」
「いいや、あきとはおかんだな! おかん力マックスだ!」
おかん力。
危ういことに気付ける能力かな?
「俺の母親も美味い飯を作るけど、ここまで豪華ではないから新鮮だな」
「おふくろの味は、良いよね」
「そうだな、ハンバーグとか煮物とか好きだな」
「良いね、煮物。普段洋食ばっかり作っているから、たまに恋しくなるよ」
「うちの結構美味いよ、今度持ってこようか?」
「良いの?」
「全然! 今日のお礼だと思ってさ!」
にこにこと、返事を期待している視線を向けられる。
そんなカズを見て思い返す。作ったケーキを渡した時の僕は、白刃さんからこう見えてたんじゃないかと。今更になって思い出し恥ずかしくなる。
けれど彼がそう言ってくれるなら、僕も応えたい。
「ありがとう、またもらえたら嬉しいかな」
「オーライ!」
今度はご飯粒が口元に付いていた。それを僕はまたティッシュで取るのであった。
*
昼休み、僕とカズはお弁当を教室で食べていた。
次の授業が移動教室で時間のゆとりを持つために、教室でということになった。
他愛ない話をしつつ、カズは僕のお弁当を覗いてきた。
「おお……その分厚い卵が挟まっているの、オムレツサンドってやつか?」
「そうだね、最近卵料理にハマってて」
ごくりと生唾を飲み込む音が、カズから聞こえる。
「あの……俺のおかずで何か交換できるものありますか……?」
「えーと。あっ、じゃあその煮物、食べてみたいな」
「サンキュー!」
交渉成立。カズの家の煮物をじっくりと味わう。
美味しい……!
鶏肉やニンジン、すごく味が染みているけれど濃すぎない丁度良いバランスだ。
これは熟練の技……おふくろの味の持つ強さだ。シェフ程度では及ばない、いや辿り着くには途方もない時間のかかる道のりを越えた味だ……!
黙々と感動していたら、ちらっと隣の席から澄んだ水のような視線を感じる。
この感覚は何となく覚えがある、しかも隣からとなればただ一人。
「美味しそうですね、どちらも」
一人黙々と弁当を食べていた白刃さんが小さな声で発する。普段の凛とした雰囲気が少し遠く、ついさっきのカズみたく
「白刃! あきとってすごいんだよ! ふわふわオムライスも作れてめっちゃ美味いんだ!」
「言い過ぎだよ、そんなことないって」
僕を褒めちぎってくるカズ。ちょっと恥ずかしい。けど嬉しい。
それを聞いて、白刃さんは冷たさすら感じるクールな真顔になっていた。
「あれを……作れるのですか……!?」
彼女は感情が増した時、一周回って強ばった表情になる人なんだと、僕は理解する。
「い、一応……」
「一応なんてもんじゃなかった、あれはシェフでおかんのわざだ! 星十個だ!」
「三ツ星レストランを敵に回したくは無いよ!?」
「大丈夫だあきと! お店三つ作ってもおつりが出る!」
「あれってそういう計算式じゃないから!」
カズはフォローのつもりか、さらにハードルを持ち上げてきた。わちゃわちゃ話していたら、聞いていた白刃さんは会話を断ち切るように声をかけてきた。
「あきと君」
「へっ? は、はいっ……」
辺りに冷気すら漂わせるほど迫力のある真顔で、彼女は僕に向き直り続ける。
「何をお作りすれば、交渉は成立致しますか?」
僕は一件落着したと思ったオムライス交渉の場に、また立たされたのだった。
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