第9話 クールジョーク
「失礼します」
水のような声、最近僕は白刃さんのクールな声をそう表現している。頭の中で勝手に思っているだけで、本人にも他人にも恥ずかしくて言う事は無いだろうが、それぐらい綺麗で澄んだ声をしている。
時間は午後五時十分。ちょうど自由時間になって帰っていく部員も多く、閑散とする時間帯だ。
しかし今日はいつもよりほんの少し多く部員が残っている。目当ては僕が作るオムライスと、僕が連れてくる女の子を見たがっているから。
カズも居る。というかカズが言いふらしたおかげで残った子が多いのだ。
「白刃さんめっちゃ美人だよ」「あきとのオムライスはメロメロになるぐらい美味いよ」「白刃さんとあきとの料理対決だよ」とかなんやら。
煽りたてるのが上手いというか、宣伝上手というか……。
気付いた部長は、僕が横に並んでいるのを見て隣にいるクールそうな女の子が白刃さんだと理解したようで、こちらに近づいて来る。
そして、白刃さんの姿を見て驚いたような表情をしながら話しかけてくる。
「あっ! もしかして美銀ちゃん?」
「葵お姉ちゃん、お久しぶりです」
おお、白刃さんが「お姉ちゃん」って言葉を発しているのが意外だった。何となく『姉さん』とか、下手すると『お姉さま』とか呼びそうな雰囲気なのに。
いや、だからこそお姉ちゃんって呼ぶほど部長とは親しい間柄なのかもしれない。
「部長、白刃さんと知り合いなんですか?」
「むかーし家が近所でよく遊んでたんだ。小学校低学年ぐらいの話だけどさ」
「そうなんですね、白刃さんここら辺に住んでたんだね?」
今度は白刃さんに問いかける。
「はい、小さい頃ですが。お姉ちゃんはすごく面倒見が良くて、怖がられて一人になりがちだった私とよく遊んでくれました」
あったけぇ話……!
「部長、見直しました」
「御船君、遠回しにディスってるね?」
「いえ、見直すほど良いところがあるってことです」
「見直されるほど低評価だったことを公言しているね」
「ただの筋肉フェチじゃなかったんですね」
「私は今君がストレートな物言いができるようになれるほど私に似てきたのを見たおかげで、『嬉しい気分』と『微妙に嬉しい気分』が混ざって嬉しいのか微妙な気分になってる。コーヒーとミルクコーヒーを一緒に出されたみたいな」
「どっちも美味しいですよ」
「お腹が水太りするよ」
「割って飲みましょう」
「筋肉じゃないんだから。筋肉フェチだけどさ!」
部長は自分の性癖を認めた。そして僕も部長のお姉ちゃん力を認めた。
何となく自分より年下の子と接するのが得意そうな雰囲気があったけど、姉弟が多いのかもしれない。それに自分の身内以外にも温かさを以って話したりすることができるのは、紛れもなくこの人の良さだろう。
実際僕も、家庭科部に入ってからこの先輩によくしてもらっている。
話題に入れてくれたり、先輩から話しかけてくれたり。ただでさえ男女率的に孤立しやすいのに、それに拍車をかけるように僕は内気だ。
そこも見越して、先輩は気を遣ってくれているようで輪から外れないようにと動いてくれている。
葵お姉ちゃんと呼びたくなるような、そんな人だった。
僕らのやり取りを聞いていた白刃さんが楽しそうな声色で言う。
「仲良しなんですね。妬けてしまいます」
「おっ? 美銀ちゃんもしかしてもしかするの?」
……はっ!?
いや、いやいやなんて言った白刃さん、今!
狂う、語順が! 混乱する、頭が!
妬ける!? 何が何でどういった理由で妬けるの!?
「さぁ、もしかしてもしかしないかもしれませんね?」
「からの~?」
「ふふ、内緒です」
笑っていた、二人して。
部長はにやにやと、白刃さんは問いをはぐらかすように微笑んでいる。
僕はなんで笑っているのかも分からないし、なんで嫉妬されたのかも分からないし……いやもし嫉妬しているのだとすれば、その理由は勘が鈍い僕でも察しはついてしまうというか!
少なからず僕のことを悪くないだとか思ってくれていないと嫉妬なんて思わないだろうとか、いやいや白刃さんに限ってそんなはず、僕にそんな大それた感情なんて思っているわけないって!
自虐に走り、冗談なんか言いそうに無い人から繰り出された言葉の一撃が重く、心をぶんぶん揺らす。
もうなにがなんだか、分かれない。
脳はショート寸前で、僕はあたふたしながら女子二人の会話を聞いている。
そんな状態を知ってか知らずか、知ってても部長は気にせず熱に浮かされた僕をほったらかしでさらに白刃さんへ問いかけていた。
「けど学校始まってまだ少ししか経ってないけど、お互いにご飯を作りあうなんて、もうかなり進展した仲みたいだね。なんかきっかけでもあったの?」
「あられもないところを見せた関係です」
……ん?
えっ。
んん?
ふぁっ!?
追い打ちだった。脳はショートした。
死肪の一週間の時に作ったイチゴのショートケーキは上手くできたから、プレゼントすればよかった。
そういえばガトーショコラの感想を聞いておけば良かった。
僕は次第に考える頭がないなった。CPU処理速度云々どころか熱暴走で焼き死んだ。
「おお……御船君はプレイボーイと、メモメモ」
「そうなんです。けど心は決まっているのです。私にはあきと君しかいないのです」
「心に決めたではなく、心が決めてくれた人だと」
「はい、私の心がこの人だと」
「それは大事にしないとね、こんな話をしているのに頭がパンクして何にもツッコめない可愛い男であってもね」
あっ、今どこかでディスられた気がする。
多分ディスってしまった報いが来たんだな、これから発言には気を付けないと。
「あきと君」
水のような声が聞こえるなぁ。
空冷では冷やしきれないぐらいの熱を持った僕にはすごく響く声だなぁ。
「ジョークですよ」
バシャッ、と。
寝耳に水のような感触だった。
水を浴びてそれが少しずつ乾いていくことで熱を奪っていき、おかげで僕は意識を徐々に取り戻していく。
ジョーク、ジョークの意味は。
冗談、だったはず。
「……あっ、
「どしたの御船君、そんなに面白かったの?」
「ええ、とっても!」
「えっ……こわ……目が笑ってないよ……」
気味の悪い物でも見るような目で部長は僕を見ていた。
それに比べて白刃さんは静かに微笑んで僕を見ていた。
どこからどこまでがジョークであるかなんて、もう考える余裕は無く。
だから僕は笑い飛ばし、思考すべてを吹っ飛ばした。
いやぁ、白刃さんのジョークは効くなぁ!
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