第6話 家庭科部の活動


 家庭科部の活動で何が魅力かと言われたら、まず間違いなくお菓子を食べられることなのだろう。

 それが目的で「お菓子作りの日は呼んで」と言う子も多いそうで、幽霊部員の多さはマンガ部に次ぐらしい。

 この学校は部員幽霊率の高さも有名であり、地元民からは「ゴスク」とよく言われているそうだ。


「ゴスクって?」

「ゴーストスクールの略。あれ、知らないってことはあきとってここら出身じゃないの?」

「実家は遠いんだ。離れてこっちに来ててさ」

「へぇ、親戚の家から通ってたりとか?」

「いや、一人暮らしなんだ」

「マジか!?」


 他愛ない話をしながら調理器具をテーブルに並べていく。


 新入生歓迎ということで、ここ数日は入ってきた子をさらに長く惹きいれるために魅力で売りなお菓子作りの一週間となるそう。

 本日はガトーショコラ、明日はレアチーズケーキ、明後日はイチゴショートケーキなどなど。

 そして部員はこの学年度最初の一週間を「死肪の一週間」と言うとかなんとか。


 新しく入ってきた子に合わせて、幽霊部員たちもお盆かと思うぐらいなだれ込んでき、部に居る人が一番多くなる時期。

 男子達は部活終わり際にケーキだけ掻っ攫っていくらしい、精霊馬しょうりょううまかな?

 女子だらけの部室内で男一人はあまりにも心細く、カズの近くにいてこの学校の事を聞いていたら、ゴスク云々の会話となったわけだ。


「じゃあさ! あきとって家事できたりするのか!?」

「まぁ、普通ぐらいには」

「ご飯とかも作ったりとか!?」

「するよ、最低限だけど」

「すげーっ!」


 カズの目がキラキラと輝いている。眩しい……。そんなヒーローを見るみたいな目を向けられるほど大層な者じゃないよ。


「すごいね、家事出来るんだ」

「得意な料理とかあるの?」


 会話を聞いていた同席の女子たちが、僕に興味を示した。

 言われて得意な料理をよくよく考える。

 あまり意識したことは無いけど、何度も作った物は得意と言えるのかな。僕がよく作って食べると言ったら。


「オムライス、かな」


 聞いていた女子達がにまーっと愛らしいショタっ子でも眺めるような慈愛に満ちた穏やかな笑顔を浮かべる。

 その反応を見て僕は自分の言った得意料理が少し子供っぽかったことを自覚して、気恥ずかしくなった。


 パッとしない印象の僕がさらに普通で普遍の害のない存在のように見られている……。いや、それでいいのだ。こういうところでオラついたら女子の間で一気に悪評が広まるんだからこれぐらいゆるい感じの印象を与えれば……。


「す、すげー!」


 歓喜に声を上げながらがしっと力強く僕の手をカズは握ってくる。


「あきと! ふわふわオムライスは作れるのか!?」

「い、一応できるけど……」

「今度俺にお前のオムライス食べさせてくれよ!」


 母親が作ってくれる好物を楽しみに待つ無邪気で子供のような笑顔が、目の前で広がっている。とってもいい顔だった。


 それとは打って変わって、家庭科室内の空気は何故かざわついていた。

 女子達の視線というか、空気の色が変わっているような。

 ケーキの甘い香りに包まれていた部屋に別の何かが混ざったような。

 しかしその空気は気にせず、返答する。


「う、うん。良いよ?」

「やった! 楽しみにしているぜ!」


 ガッツポーズをしてるカズの姿は、イケメンがお茶目な一面を見せた感じで少し可愛らしい。

 しかし女子は笑っている子も居れば、真顔になっている子も居る。ぶつぶつと何かを独り言のように喋っている子も居れば、こそこそ相談するようグループになっている子も居る。

 様々な感情がホイップクリームのように泡立ち、混ざり合っている部室。

 その理由は、よくわからない。なんだか不思議な一日だ、色々と。


 *


 作ったガトーショコラは持って帰る子もいたら、そもそも食べないという子もいる。

「死肪の一週間の始まりは、落ち着いて対処するべき」と言っていた。慌てず騒がず、堪えるのだと。

 女子達は大真面目に言っているから、冗談なのか本気なのか分かり辛かった。


 お土産としてもらったが、正直一個もあれば十分で二個は少し多かった。


 明日食べれば良いのかもしれないけれど、明日はまた別のケーキを作るわけだ。そうなると、さらに余るかもしれないな……。


 どう処理しようかと悩みながら、荷物を取りに戻るため自分の教室に向かうとロッカーの前で荷物を取り出している白刃さんを見かける。


「あっ」


 『ガトーショコラをどうするか』という悩みの種が土から独りでに出ていったかのように、声が出てしまった。そんな僕の独り言へ反応するように彼女は声をかけてくる。


「あきと君、部活帰りですか?」

「あ、そう。白刃さんも?」

「はい、もう少しだけ片づけをしてから帰ります」

「そうなんだ。えっと……おつかれさま?」

「はい、お互いにお疲れ様です」


 そういえばアドバイスをもらったお礼が出来ていない。今僕が持っているケーキはお礼として最適だろうけど。でも、受け取ってくれるだろうか?

 校門でカズを待たせているから早くこの場を立ち去らないといけない。

 あっちやこっちに思考が混ざってしどろもどろになり、言葉がつっかえる。


 慌てる僕を落ち着かせるように、綺麗な水の声で話しかけられた。


「それは、ケーキですか? あきと君は家庭科部に入られたのですね」

「あっ、そう! えっと、あの! これ今日部活で作ったケーキで、多分みんなと作ったから美味しく出来てると思うから! けど僕はちょっと多くもらったから、食べきれないからよかったらあげる! というかもらってください!」

「良いのですか?」


 たったその一言で、一気に安心する。


「あの、ヒントをくれたお礼です。僕が得意なのはこれぐらいなんで」


 頭を下げ、ケーキが入った袋を両手で丁寧に差し出す。


「ふふ、ありがとうあきと君。今日お茶と一緒に頂きますね」


 えっ、今白刃さん笑っていた?

 しかしそのタイミングで僕は視線が自分の足の方に向いていたため、顔を上げた時には彼女はクールな真顔に戻っていた。


「実は笑っているところを見られるのは、少し恥ずかしいのです」


 一瞬で冷静な顔になっていた理由を教えてもらい、納得する。


「あはは、そっか」

「では、私はまだ用事がありますのでこれで。こちらはありがたく頂戴します」


 そう言って彼女は踵を返す。多分部活の方がまだ終わっていないのだろう。すたすたと歩いていくその後ろ姿に、迷っていた僕は思い切って声を掛ける。


「白刃さん、また明日!」


 歩いて少し距離ができたために声を張り上げたが、そこまでして言うものだったかと若干後悔する。だが彼女は、持っていたスケッチブックの底を手で持って背中に当て、背中をぽんと一度叩き、僕に分かるよう返事をしてくれた。

 そして廊下を曲がり、後ろ姿も見えなくなる。


 見えなくなった背中を思い出しながら、僕は待たせているカズのところへ急いで向かう。

 返事の仕方が変わっているけど、ああいう独特さが白刃さんらしさだなと思いつつ、明日の再会を楽しみにしながらカズのもとへ走った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る