第3話 おかず交換



御船みふね和士あきとです。趣味は料理と読書です。よろしくおねがいします」


 ホームルームで自己紹介の時間が設けられ、僕は椅子から立ち上がるとさらりと趣味だけ言って手短に終えた。まばらな拍手を浴びつつ、難なく終えて安堵あんどしながら席に座る。


白刃しらは美銀みしろです。よくましているように見られることがありますが、ロボットではありませんので気兼ねなく話しかけてもらえると幸いです。好きなことは料理と絵を描くことです。よろしくお願い致します」


 すずのようにりんとして大人びた声を教室に響かせ、彼女は自己紹介を終えた。

 クールな雰囲気を優しく崩す冗談にクラスのみんなもくすっと笑っている。同い年には見えないほどの色気を持つ美人さんなら、男は駄目元でもアタックチャンスを伺うだろう。

 実際クラスメイト達の視線は、高嶺の花を眺めるように熱く集まっている。男子だけでなく、女子すらも。それぐらい魅惑的な女性であった。


 そういえば料理が趣味って言ってたな。同じ料理好きとしては、なんだか親近感が湧くなぁ。


 *


 お昼休みのチャイムが鳴り、生徒も先生も散っていく。この学校は食堂があるため、食堂組とそれ以外に分かれて昼食を取るようだ。

 隣の席の白刃さんは弁当派で、誰かと集まる事も無く一人で黙々と食べている。


 チラリと視界の端に綺麗ないろどりが見えて、思わず視線が吸い寄せられる。

 ご飯の白に海苔の黒、黄は卵焼きで緑はかぼちゃの煮物とサラダでまかない、赤はミニトマトを半分に切り添えて、茶は揚げ物。

 あまりのバランスの美しさに、感動して見惚みとれてしまう。


「あきと君もお弁当ですか?」


 見ていたことを気付かれてしまい、肝が少し冷える。


「あっ、うん。今日は簡単な物にしたけどさ……」

「でもあきと君のお弁当良いですね、ホットドッグですよね? 私は普通のお弁当ばかり作っているので、サンドイッチなどに憧れるのです」

「いやいやそんな……えっ、料理が趣味って言ってたけどもしかして……?」

「はい、自分で作っていますよ。もしかしてあきと君もですか?」

「うん、そうだね。一人暮らしだからご飯は作っているよ」

奇遇きぐうですね、私も一人暮らしなのです」

「あっ、そうなんだ! ……もし良かったらホットドッグ、一つどうかな……って」


 やってしまった。

 親近感がいてそのまま軽はずみな提案を持ち出してしまった。初対面では無いにしても話し始めたのは今日なのにこんなの、気持ち悪がられるかもしれない。


「ごめん、ちょっと調子乗ったよ。無かった事にして、はは……」


 自分の行いを恥じながら自分の弁当箱と向き合おうとした時、話しかけられる。


「卵焼きか、唐揚げぐらいしかあげられるものが無いのですが。良ければ交換して頂けますか?」

「い、良いんですか……?」

「はい、お願いします」


 白刃さんは口元をほんの少し緩めるような微笑で、快く僕の提案に乗ってくれた。

 安心した僕は、今日作った中で一番出来が良くて自信のある小さめのホットドッグを、裏返しで置かれていた彼女の弁当箱の蓋へそっと置く。代わりとして彼女は卵焼きと唐揚げを一つずつ、こちらの弁当の蓋へ置いてくれた。

 お弁当の具を交換なんて、中学校の遠足以来で嬉しくなった。


「ありがとう、白刃さん!」

「はい、こちらこそありがとうございます」


 お礼を言うために彼女の顔を見て、僕は驚いた。

 こういうのは失礼かもしれないが、彼女は言葉選びこそ柔らかいが声色こわいろや表情がかなりクールできりっとしているために、真顔でいると少し怖い印象がある。

 だが目の前にいたのは、喜びに満ちてふにゃっとした笑顔を浮かべている女の子だった。年相応な女の子らしい笑顔を見て、どくんと心臓が跳ねる。


 んん……。ギャップもえってこういうやつなんだろうか。氷の矢がパキューンと心のハートを射抜いてきた気がした。


 彼女は最後までホットドッグを残しており、じっくり味わって食べてくれた。

「美味しいです、あきと君の」と感想をもらい、さらに満足感を覚える。

 最近は自分で作って自分一人で食べるばっかりだったから、誰かに「美味しい」と言ってもらえるのも嬉しいことを久しぶりに思い出す。

 けれど心配になって、食べ終わった彼女へつい聞いてしまう。


「あの、お世辞せじとかそういうのは大丈夫だからね……?」

「お世辞じゃないですよ」

不味まずかったらそう言ってくれて構わないしさ……」

「不味くないですよ」

「ほ、ホント?」

「あきと君、心配性ですね。私は嘘はつけないタイプですよ」

「そ、そっか。正直な人なんだね」

「はい、正直すぎる人です」


 自嘲じちょうするような言葉選びなのに、その声に自虐は感じない。何気ない会話を純粋に楽しんでいる彼女の冗談へ、自然と乗ってしまう。


「……僕はちょっと卑屈かな」

「あら、でしたら同じ『すぎる』同士、仲良くしませんか?」

「……うん、是非!」


 美人で少し変わった人ではあったがおかず交換が良いきっかけとなり、初日にしては圧倒的に有意義なお昼休みを過ごせた。おかげで万全の気分となって午後の部活動見学にのぞむのだった。

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