第9話三章心渡りの探偵、死神を欺く①
それは夢だったのか、現実だったのか。
よく分からない空間に彼はいた。
夢だとしたら現実的であり、現実だと思えばそこはどこか作り物めいて見えた。
草原のような場所だった。
風が心地よく、空はどこまども青く透き通っていた。
ほおを撫でる風が心地よい。
周囲には誰もいない。
人がいないどころか、人工物がなにもなかった。
ただただ、どこまでも草原が広がっているだけだった。
この場所にいても仕方ないので、彼はあてどなく歩くことにした。
太陽はまぶしいがそれほど暑くはない。
ではあるが、歩いていくうちに体があたたまり、うっすらと汗がにじむ。
さらに吹き抜けていく風によって汗が乾いていくのでけっして不快にはならなかった。
時間にしてはどれくらい歩いただろうか。
皆目見当もつかないが、遠くのほうで人が話し合う声が聞こえてきた。
その声のほうに歩みを進めると数人の人間がテーブルを囲んで座っているのがみえてきた。
さらに彼はその声のほうに近づいていく。
二人の女と一人の男が見えた。
三人は白いテーブルの上でトランプをばらまき、カード遊びに没頭していた。
そのうちの一人が立ち上がり、彼に近付いた。
背の高い、かなりのグラマーな女だった。
おおきなかぼちゃのような胸をゆらしがら、彼の首根っこをつかんだ。
凄まじい力で彼は身動きすらとることができなかった。
無理やり空いている椅子に座らされる。
「ちょうど面子がたりなかったんだ。おまえあたしらの遊び相手になりな」
酒やけした声で女は言った。
深い胸の谷間からスキットルを取り出し、ぐびりと中のウイスキーを飲み、くはーと息をはいた。
その息をかいで彼は頭がくらくらする思いであった。
「またジャックよ、どこの馬の骨ともわからぬやつをつれてきて……」
煙草を吸い、病的に色の白い、ハンチングを被った男が言った。
「まあまあ、獏さん。旅は道ずれ、世は情けというじゃないか。ポーカーは四人でやるのがちょうどいいんだよ」
ハイビスカス柄のアロハシャツを着た女が言った。
さきほどの酒臭い女と同じような豊満で肉厚な肢体をしていた。
レロレロと赤い舌でチュッパチャプスをいやらしく舐めていた。
「エルザがそういうなら、まあ、いいだろう」
紫煙をはき、獏と呼ばれた男は言った。
そのあとどれほどの時間ポーカーゲームに興じていただろうか。
エルザはいいカードが来る度に素晴らしい笑顔になるので、ポーカーには不向きであった。
いたって冷静なのは獏であった。
まさにポーカーフェイスとはこの事だろう。
実際ゲームで一番の勝利をおさめたのは彼であった。
ジャックは適当にゲームをプレーし、ぐびぐびと酒をきめこみ、時々迷いこんだ彼に口うつしで酒を呑ませるので頭がどうにかなるほど、彼の体は反応してしまった。
酒を呑ませるたびに舌をからめてくるので、息苦しくてさかたなかったが、その快楽は麻薬のようでとても耐えられるものではなかった。
「ほどほどにしておけよ……」
と獏がたしなめるほどだった。
日が沈み、夕暮れとなるといつまでも続くかと思われたポーカーゲームも終わりを迎えようとしていた。
ぐりぐりと分厚く、柔らかな胸に彼の顔をおしあてながら、ジャックは言った。
「ポーカーにつきあってもらったお礼だ。おまえの寿命を教えてやろう」
「あっ、ジャックいつの間に」
エルザがとめようとしたが、時すでに遅しであった。
ジャックの赤い爪の生えた手にはスマートホンが握られており、その画面には彼の名前が写し出されていた。
田中泉享年十九歳。
その画面を見たあと、彼は目覚める。
舌にはあのジャックに流し込まれた酒の味がのこっていた。
安楽椅子に座り、袴姿の探偵が彼の夢か現実かもわからない話を黙ってきいていた。
「なるほど、なるほど。とても興味深いお話ですね。あなたが体験したことは夢の世界での現実といったところでしょう。ところで田中さん、次の誕生日はいつですか?」
ずれる丸眼鏡をなおしながら、袴姿の探偵はきいた。
「明日です」
どうにかして、吐き出すように泉は言った。
「もしかして、ぼくは本当に死んでしまうのでしょうか」
涙ながらに泉はいう。
「恐らくは……。あなたが出会ったのは死神たちです。あなたは死神たちの遊びに連れ込まれ、寿命を知ってしまった」
探偵はゴシックロリータの装いの美少女からティーカップを受け取り、なかの紅茶を一口すすった。
「夢野Q作さん、どうにかなりませんか」
うったえるような声で彼は言う。
「よろしいですよ。心渡りの探偵夢野Q作。この依頼受けましょう」
秀麗な顔に笑顔を浮かべ、Q作は言った。
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