第8話画面の中の彼女と死神の計らい
ショッピングモールを後にして、二人は帰路についた。
太陽がしずみ、あたりは薄暗くなり、世界は夜へとうつろうとしていた。
人気のない道をゆっくりと歩いていた。
次の曲がりかどを曲がれば自宅であるマンションが見えてくる。
そこでピタリとマキは立ち止まった。
絡ませていた指と腕をほどき紀人の前に立つ。
目線がほぼ同じだ。
ぐいっと顔を近づける。
息と息が混じりあい、ほんのりと暖かい体温をすぐ近くに感じる。
「私はここまで。ねえ、紀人、今日は楽しかった?」
とマキはきいた。
こくりと紀人は頷いた。
そう、たしかに楽しかった。
誰かとどこかにでかけたのはいつぶりだろうか。
やったことといえばショッピングモール内をぶらぶらと歩き、他愛もない会話をしただけだが。
生きているなかで、そういう無駄とも思える時間は必要なのだと痛感した。
「そう、よかったわ」
と小声でいうとマキはぐっとさらに顔を近づけると頬に口づけした。
味わったことのないとんでもなく柔らかな感覚にめまいのようなものを覚えていると、マキの姿は忽然と消えていた。
残ったのは、その頬の感触だけだった。
自宅に戻るとリビングで母の美紀かボロボロと大粒の涙を流しながら、古い映画をみていた。
「さあ、盛大にやるよ‼️‼️」
テレビ画面の中の人物が叫んでいる。
聞き覚えのある声だった。
ついさっきまで、耳元でささやいていたあの声。
ごくりと唾をのみこみ、紀人はテレビ画面をのぞきここんだ。
そこにはあのチャイナドレスを着たマキがところ狭しとあばれまわっていた。
スタントなしの華麗なるアクションで敵の悪漢たちをなぎ倒していく姿は爽快にして痛快であった。
フーンとティッシュで鼻をかむと美紀は真っ赤に腫らした目で紀人をみた。
「お帰り……」
かるい嗚咽まじりで美紀は言った。
「この人は?」
暴れまくる画面の人物を指さし、紀人はきいた。
時々みえるスリットからの太ももから目が離せなくなっていた。
「里見マキ、本名は高村真紀子。私のお母さんであなたのおばあちゃんの若いときの姿よ。おばあちゃんはね、昔、女優をやってたの。それでね、今日のお昼に交通事故で死んだの」
涙まじりの声はかなり聞きとりにくかった。
お通夜と葬式が終わり、紀人はどこか現実感のないまま登校していた。
はたして、あの時の少女は何者だったのだろうか。
交通事故で失くなった祖母が若返り、自分の前にあらわれて、デートをした。
馬鹿らしい話だとは思うが、確かにまだ手にのこる体温はあのときの記憶が現実であることを証明していた。
いつの間にか紀人は下を向いて歩かず、まっすぐ前を見て歩いていた。
ホームルームの時間、担任の教師がある人物を紹介した。
「この時期にはあまりないのだが、転校生を紹介する。里見マキさんだ」
教室のドアをガラガラと勢いよくあけ、一人の美少女が入ってきた。
ダイブするように紀人の首に抱きついた。
それは忘れられない感触であった。
「死神さんがね、後一年好きにしなって」
と里見マキは笑顔で言った。
「まったくお前は甘すぎるんだよ」
煙草を口にくわえながら、獏は器用に言った。火は勝手につき、白い煙を吹き出す。
「事故をおこしたあの男の寿命をちょっと拝借したまでだよ。彼は病気が理由で罪には問われないらしいから。これぐらいはいいんじゃないかな。なんにもおとがめなしっていうわけにはいかないのさ」
豊満な胸の谷間からチュッパチャプスを取り出し、アロハシャツの死神エルザは答えた。
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