第7話オーダーはレーコーを

すくっと立ちあがるとチャイナドレスの少女は紀人の手を掴んだ。

ぐいっと手をひかれると簡単に立ち上がることができた。

手のひらから感じられる体温は温かく、心地よい。

人のぬくもりはこんなにも気持ちのいいものなのかと、紀人は思った。

体全体に熱がつたわり、血液の流れる音がするのではないかと思われるほど、心臓が脈打つのがわかった。

「デートしよ、紀人」

滑舌のよい口調でチャイナドレスの少女は言った。

にこやかでかわいらしい笑みを浮かべる。

その笑顔をずっとみていたい。

そういう忘れようとしていた生きるのに必要な欲求のようなものを彼は思い出した。

あまりの彼女の勢いに紀人は思わず、うなずいてしまった。

腕を絡め、やわらかな胸を押し付けてくる少女に耳の先まで真っ赤にしながら紀人はきいた。

「き、きみは……」

「私、私かい。私の名前はマキ。マキちゃんってよんで」

はつらつとした声で少女はこたえた。

「さあ、行こう行こう」

かなり強引に手をひき、マキは次に到着した電車に乗り込んだ。


とある大型ショッピングモールに二人はきていた。

平日ということもあり、店内は比較的空いていた。

されるがままに紀人はマキに連れられ、あちこち案内させられた。

ここはなんていうお店、へえこれかわいい、次あそこみにいこう。

いわれるがまま、されるがままに歩いていると最初気にしていた周囲からの視線も、どうでもよくなっていた。

とびぬけてかわいいとはいえ、派手なチャイナドレスを着ている初対面の少女に連行されているのを紀人は楽しいと感じはじめていた。

人と行動を共にし、目的もなくだらだらとすごすのは一人でいるのとはまた違った楽しみがあるのだなと思った。

下を見ているとマキの質問に答えられないので、まっすぐ前を向いて歩くようになっていた。

「あっこのお店いきたい」

手のひらに指を絡めてぐっとにぎり、マキはおしゃれなカフェに紀人と入っていった。

背の低い女性のウエイターに案内され、二人は席に着く。

店内は女性客かカップルだけであった。

こんなところまるっきり縁がないと思っていた紀人にとって、ここはかなり緊張するところだった。

ぷっくりと湿った唇を紀人の耳元にちかづけ、ささやいた。

「大丈夫、あたしたちもまわりから見たらアベックだよ」

「アベックってなに」

聞きなれない単語に紀人はとまどった。

「つきあってる男女ってこと」

うふふっとサキュバスめいた笑みをマキは浮かべた。その愛らしくも妖艶なる横顔をみて彼は血液の温度が沸騰するのではないかという感覚におそわれた。


ほどなくしてウエイターがオーダーをとりにきた。

「ご注文は何になされますか」

ときかれる。

本日のおすすめのフレンチトーストを注文する。

「飲み物は何になされますか」

ときかれたので紀人はコーラを頼んだ。

「あたしはレーコー‼️」

滑舌のいいはっきりした声でマキは頼んだ。

店内に響き渡る声に、客たちがちらりちらりと視線をむける。くすくすと笑い声ももれる。

うら若き乙女から発せられた古い言葉にウエイターはぎりぎり平静を装いつつ答えた。

「アイスコーヒーですね」

ペコリと頭をさげた。

そういえばおばあちゃんもアイスコーヒーをレーコーって言ってたな。

ウエイターである彼女は今はなき、祖母のことを思い出していた。

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