第6話うつむいて歩く

視界にはいるのは、ほぼアスファルトのごつごつとした地面とにごった黒色だった。

時々前をむくのは信号や道路を確認するときだけである。


通学用のリュックからウォークマンをとりだし、イヤホンを耳につけ、音楽を再生する。


彼はできるだけ、外界との関わりをたちたかった。

自分だけの世界に浸りたかった。


彼にはコンプレックスがあった。

頬一面に広がるニキビのような肌荒れであった。

赤く腫れたそれはじくじくと湿っているように見えた。


帰り道にすれ違う同級生が笑っていると自分の顔を見て笑っているかも知れない。

そんなどんよりとした感情が心のなかにトゲのように刺さってとれることはなかった。

かなり前に田村ってキモくないっていう何気ない言葉を聞いて、やはりそのように思われているのだと、再認識させられた。


日に日に彼は内向的になり、自分の内側の殻に閉じ籠るようになった。

人はたった一言で落ち込み、そこら這い上がれずに、どんどんと沈んでいってしまうのだ。

それは泥沼にも似ていた。

心の沼にはまってしまうとなかなか一人では抜け出すことはできない。

それにそこは心地よかったりするので、余計にたちが悪いのだ。

傷つくくらいなら、人との関わりをできるだけ、断ちたい。

少年田村紀人はそう思っていた。


駅のホームで電車を一人で待っていた。

周りでは同級生たちがふざけあっていたり、会話に花をさかせていた。

くだらない、たわいない行為であったが、それぞれに自分たちの時間を楽しんでいた。

ただ、紀人のまわりだけ、ぽっかりとクレーターような穴が空いていた。

彼の醸し出す負のオーラがもしかするとそうさせていたのかもしれない。

うつむき、彼は電車が来るのをまっている。

視界にあるのは停止線の白色だけだった。

もわっとした残暑特有の濡れた空気が顔をなでていく。じわりと汗がにじむ。

駅のホームに放送がなり響く。

電光掲示板が電車が来るのを告げる。

ちらりとやっと顔をあげると、電車がピタリと目の前にとまった。

シューという機械の音がし、ドアが左右に開く。


いつもならその時間の電車に乗り、帰宅し、家でゲームなどして時間を潰すのだが、その日はそうはならなかった。


電車の車両からチャイナドレスを着た、ツインテールの美少女が飛び出し、抱きついた。


あまりの突然の出来事に後方に倒れこんだ。その勢いのせいでイヤホンがぽろりとはずれた。

体温のぬくもりが体をつたっていく。

顔が鼻がふれあうほど近付き、吐息が混じりあう。

胸元にはボリュームたっぷりの肉の柔らかさがあった。

その美少女はあえてその二つのメロンのような大きさのマシュマロに似た柔らかさをぐりぐりと押しあてた。

目の前には驚くほど整った顔があり、にこにことほほえんでいる。

愛嬌と美麗がうまくいりまじった神様の傑作であった。だが、どこか懐かしさがそこにあった。

「久しぶりだね、紀人」

その少女は言った。

「えっ、えっ、えっ」

戸惑いだけの声を発する。

「あ、あ、あんたは誰?」

となんとかきいた。

その間も蛇のように腕を首にからませ、美少女は体を引っ付かせ、体を密着させる。

「私、私かい。あんたのことが大好きな女の子だよ」

いきなりあらわれたチャイナドレスの美少女は言った。

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