第5話母と娘

ピンポンピンポンとチャイムの音が部屋に鳴り響くので、洗い物をしていた田村美紀はエプロンで手をふき、受話器をとった。

インターホンのテレビ画面に映し出された顔をみて、えっと短い声をあげた。

そこにうつっているのは、自分そっくりの顔であった。


いや、少しちがう。


自分よりもかなり若い。


えっ嘘、これって若いときの私。


でも、ちょっと雰囲気違う。


受話器を耳にあて、とまどっていると画面の中の人物が話かけてきた。


「美紀、聞いてる。あんたのお母さんだよ。こういう感じになっちゃったけど、あんたの母親の真紀子だよ」

聞き覚えのある声音だったが、少し高く若々しく感じた。

口調とイントネーションは間違いなく、母親のものだった。

見た目はかなり若すぎるが。


たぶん、あれ、お母さんだ。

何がどうなってるかわからないが、肉親であるのは間違いない。

根拠のない自信がわいてきて、美紀は解錠ボタンを押した。


玄関の鍵を開け、待っているとすぐにモニターに写っていた女性が勢いよく入ってきて、抱きついた。


「やあ、美紀。なんかいろいろあって若がえっちゃった」

自分によく似ているが、年は半分ほどであろう目の前の女性を見て、美紀はうふふっと笑った。

鼻腔をくすぐる香りはどこか安心できるものであった。

母の匂いだ。

どこか懐かしい、子供のころの記憶がよみがえる。

夕暮れまで遊んで、家に帰るとよく母が出迎えて抱きしめてくれて。

美人で優しい、自慢の母親だ。


「これってどういうことなの?」

美紀は戸惑いながら、きいた。

「ごめん、美紀。私死んじゃったの。でもね、死神さんが最後に若返らせてくれたの。で、あんたたちに会いにきたの。お別れをいいたくてね」

混乱する心をどうにか押さえつけ、美紀は話を理解しようとした。

母親譲りの楽観的な性格なせいだろうか、どうにかこの不思議な話を胸のなかに落としこんだ。

理解したとたん、勝手に両の目からとめどなく涙が溢れてきた。

「お母さん、昔から無茶苦茶だよ」

鼻水をすすりながら、美紀は言った。


「まあ、あんたはあたしに似て、人生楽しんでるみたいだからいいんだけどね。心配なのは、あんたの息子のほうだよ」

抱きしめていた腕をほどくと真紀子はどかどかと部屋の中にあがりこんだ。

迷うことなくクローゼットを開けると一着のチャイナドレスをとりだした。

胸のところに鮮やかな竜の刺繍がほどこされた派手な服であった。

ノースリーブでスリットが驚くほど深い。

それはかつて真紀子が映画で着ていた衣装とよく似ていた。

「あんたの趣味がコスプレだってのは知っているんだよ」

フンフンと鼻歌を歌いながら、真紀子は慣れた手つきで着替える。

はや着替えは女優時代からの得意技の一つであった。

「な、な、な、なんことかしら」

急速に脂汗を流しながら、下手な口笛ふいた。下手すぎてただのかすれた吐息になってしまった。

「まあ、いいじゃないか。楽しみがあるってのは人生を豊かにするよ。レイヤーミキティさん」

「そ、そ、そ、それは誰のことかしら……」

滝のような汗を美紀はながしていた。


すくりと立ち上がり、豊かな胸元を真紀子をおさえた。どうにもそこだけが苦しそうだ。

スリットの隙間から見える肌は白くつやつやとしている。

「うーん、胸がきついけど、まあ、いいか」

と真紀子は言った。

「なにそれ、嫌味なの」

ぷくっと頬を膨らませて、美紀は言った。


長いきらきらとした黒髪を二つにくくり、ツインテールにする。

愛らしさと美しさをかね揃えた髪型であった。

「それで、ノリトはどこだい。あんたの息子の紀人は今どこにいるのさ」

真紀子はきいた。


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