第4話17歳の私
にこにこと目を細めてわらう真紀子のその顔からは、死者特有の薄暗さは、微塵もなかった。
「私が女優やってたのって五十年もまえのことよ。よく知ってるわね」
うふふっと湿った声で真紀子は笑う。
「知ってる、知ってる。あたし、古い映画大好きなんだ。あっ、ごめん、古いなんて言って」
甘い甘いパンケーキをぱくりと食べながら、死神は答えた。
「とくに吠えろ女ドラゴンが一番好きだよ。あれ、アクションもスタントなしでやってたんだろ」
「あはっ嬉しいね。あんなマニアックな映画をみてくれて。そうだよ、あの撮影はきつかったな。ほんと生傷が絶えなかったよ」
「とくに最後の教会のシーン、思いだしただけでも鳥肌たつよ」
「ああ、あれは私も好きなシーンよ。最後に囚われの恋人を救いに教会での決闘。よくある展開だけど、よかったねぇ」
女たちが盛り上がってるところ、水をさすように貘はアイスティーを一口飲む。
氷がカラカラとなった。
「で、彼女をどうする」
と事務的にきいた。
「予定外とは言え、死んじゃったしね。まあ、冥界にいくのは仕方ないよ。あっ、でもどうだろう。死ぬ間際に親子を救ったんだし、何かご褒美みたいなのをあげたいね」
ごくごくとアイスティーをうまそうに飲み、エルザは答えた。
「やっぱりな。おまえならそういうと思ったよ。溢れた水は元に戻らない。だが、ちょっとだけなら融通をきかせられる。悪魔でも死神の範疇でだがな」
どこか楽しげな貘の横顔を真紀子はじっとみつめている。
「じゃあ、何かい。願いごとでも叶えてくれるのかい」
真剣な眼差しで真紀子は問う。
「そうだよ。死神は死者にたいして最後に願いをかなえることができる。一応神様だからね。ただし、死神が善なる者と認めた人間にかぎるがね」
エルザは言った。
形のいい顎をなでなでしながら真紀子は思案している。
うんうんと唸るように考えている。
「私、伝えたいことがあるんだ」
と言った。
「いいよ」
短く答えて、エルザは生クリームたっぷりのパンケーキを口に運んだ。
セミの声で目が覚めた真紀子はキョロキョロと周りを見渡した。
どうやら事故現場近くの公園のベンチで寝かされていたようだ。
うっすら浮かぶ額の汗を手の甲でぬぐう。
何とはなしに手を見ると驚くほどすべすべとしたシワ一つない肌をしていた。
立ち上がり、公衆トイレに駆け込む。
体が軽く、まるで羽が生えているようだ。
呼吸がまったく乱れない。
公衆トイレの鏡を見て、あらっと甲高い声をあげた。
鏡に写し出されたのは自分の若々しい顔であった。
少し癖のある黒髪に切れ長の瞳。
ぷっくりと柔らかそうな真っ赤な唇。
頬をなでると吸い付くようなしっとりとした肌をしていた。
鏡に写し出された自分の顔がぐにゃぐにゃと歪んでいく。すぐさまあの男の死神の姿となった。
「エルザからの伝言だ。今のあんたの体は17歳のものだ。死神からの贈り物だ。最後の願い、存分にかなえるといい」
胸ポケットからタバコを取り出すと貘は一本口にくわえる。それはひとりでに火が着いた。ふーとハート型の煙を吐き出すと鏡は美麗な真紀子の顔にもどっていた。
「ありがとう」
そう鏡に向かっていい、真紀子は公衆トイレを後にした。
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