第2話二章 最後は突然あらわれる

九月ももう終わりだというのに、太陽は真夏のように照りつけていた。

じりじりと照りつけるその熱のため、だまっていても汗がふきだしていた。

信号待ちをするベビーカーをおす女性はハンドタオルを取り出し、額に浮かぶ玉のような汗たちをぬぐっていた。

汗をふきつつ、ベビーカーの中の娘を見るとすやすやと寝息をたてていた。


よかった、まだ寝ていてくれてる。

もうすぐ、お家だからね。

と小声で話しかけた。


そうして、信号待ちのわずかな時間を潰していると、左横に背の高い女性が立った。

なにかのお土産だろうか、その女性は大きな紙袋を手に持ち、立っていた。

その風貌を見て、主婦は衝撃と感動のようなものを受けた。

髪は銀に近い白髪で、顔に刻まれたしわは、年配の女性であることは確かであった。

ではあるが、背筋をピンとのばした姿勢は美しく、凛々しくさえもあった。

涼しげな横顔は同性ながら、思わずみとれてしまうほど魅力的であった。

ふっくらと柔らかそうな胸元はけっして重力にまけることなく存在を証明していた。

ああ、こういう風に年をとれたらいいなと主婦は思った。

目があうとその白髪の女性はにこりと愛らしい笑みをうかべ、挨拶した。


信号が青になったので、彼女らは横断歩道を渡る。

半ばまで渡ったところで、轟音をたてながら、猛スピードで一台のセダンが接近した。

その自動車はスピードをすこしも緩めることなく、いや、さらに加速させながら彼女らに襲いかかる。


「危ない」

短い、悲鳴のような大声を発し、白髪の女性は全力でベビーカーと主婦を突き飛ばした。

主婦とベビーカーの赤ちゃんは道路に投げ出され、身体中は擦り傷だらけになったが、命を失わずにすんだのだった。

だが、突き飛ばしたほうの彼女は自動車に吹き飛ばされ、何メートルも彼方に転がっていた。

手や足は不自然な方向に曲がり、大量の血液が熱せられたアスファルトを真っ赤に染め上げた。


黒いハンチングをかぶった肌の白い男が、くわえ煙草でその光景を見ていた。

「おいおい、七十をなかば過ぎて、どんな反射神経してんだよ……」

と呆れた口調で言った。


ふらふらとその白髪の女性は立ち上がり、地面に転がる無残な自分の体を見た。

「なにこれ‼️‼️」

とすっとんきょうな声をあげた。


「あんたは死んだんだよ」

どこか事務的な口調で男は言った。

「えー、やだ、私死んじゃたの」

両手で口を押さえ、少女のような口調で女性は言った。芝居じみていたが、愛嬌のある仕草であった。

「ああ、そうだよ。高村真紀子さん……」

ハンチングをとり、ぼりぼりと頭をかきながら、その男は言った。


「本来はあの親子が死ぬ予定だったのに余計なことしやがって。エルザに相談しなくちゃな。こいつは面倒なことになったな」

ため息まじりに非正規の死神にして妖魔の夢食み貘は言った。







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