夢食み 夢と現実の境

白鷺雨月

第1話一章 2次元はものを言わない

壁に貼られたポスターを見た女の瞳には苛立ちの色が浮かんでいた。

ぎろりと濁った瞳でそのポスターを眺めている。

目が充血し、息が荒くなる。

怒りがだんだんと心のなかに広がっていくのが実感できた。

脳内に流れる血液が熱くなっていくような気がした。


その彼女の目の前には、とあるアニメのキャラクターのポスターがはられていた。

場所はとある大型書店の前であった。

内容はどうやら薬物にたいする啓蒙のようなものであった。

内容がよくてもその存在は決して許せるものではなかった。

気にいらないのは、そのデザインである。

不自然なほど胸が大きい女の子のアニメキャラクターが、その豊かすぎる胸の前で大きく腕を交差させていた。


薬物はダメよ、私との約束ね。


ポスターにはそのようなキャッチコピーが、そのいやらしいキャラクターの横に書かれていた。


薬物への注意喚起はいいことだと思うが、そこに描かれたキャラクターは認めてはいけないものであった。それは性への冒涜であり、商品化された性であり、女性蔑視の象徴であると思われた。


こんなものが公衆の面前に存在することは許されない。だんじて許してはいけない。

独自の正義感がふつふつとわきだし、ちょうど目の前を通りかかった男の書店員を呼び止め、今すぐ剥がすようにいったが、彼はぼんやりとした顔で聞き流し、はいはいと気のない返事をし、バックヤードへと消えていった。


怒りがおさまりきらない彼女はそのポスターを制作した出版社や公共団体に苦情の電話をかけまくった。対応にあたった社員や職員の誠意のない対応に怒りはさらに増すばかりであった。


いろいろと疲れた彼女は仕事を終え、帰宅したのち、ベッドにはいるとすぐに眠りについてしまった。


気がつくと、目の前には街の風景が広がっていた。

行き交う人びとがちらりちらりとこちらの方を見ては、通りすぎていく。

身体がまったく動かない。

できることといえば呼吸と目を動かすことぐらいだった。

どうにか身体を動かそうとするがまったくいうことをきかない。

声をあげようにも何もはっすることはできない。

じたばたしていると一人の女が近づいてきた。


黒いカンカン帽に黒コート、黒いロングスカートをはいた背の高い女性だった。白い肌に赤いくちびるがどこか人外めいていた。

ボリュームたっぷりの胸を揺らしながら、ずんずんと歩みよってくる。

「なんだい、この貧相なポスターは。こんなのはがしちゃいなよ」

酒やけした声で女は言った。

「そうですね、ジャックさん……」

そう答える男の声は、どうやらあの書店員のようだ。

「どれ、アタシが剥がしてやろう」

女はさらに胸を激しくゆらしながら、手を伸ばした。


ビリビリと不快な音が頭上で響く。

眼球だけを動かし、音のする方を見ると空間にヒビがはいり、髪の毛のところまでせまっていた。

やめて、やめてくれー。

と叫ぶが、声は音にはならない。


「やべ、手ぇ滑っちゃった」

血のように赤い舌をべろっとだし、ジャックは言った。

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