第18話 娼館の過ごし方
「あら、いらっしゃい」
いつものように窓から顔を出したアルゥバースに、黒髪のたおやかな女は微笑んだ。
夜になって王都の街中にある高級娼館にやって来ていた。
玄関からではなく目当ての部屋の窓から入るのがアルゥバースのやり方だ。
カミイアは娼館では売れっ子だ。すでに大きめの一人部屋を与えられており世話つきが部屋に控えている筈だが、人払いがされているのか今は誰もいない。
アルゥバースが今夜は客として金を払っているので当然といえば当然なのだが。
「今夜こそイイコトする?」
薄い寝衣の合わせめを持ち上げて胸を寄せる。
細い肢体に似合わない豊胸が眼を楽しませてくれるが、もちろん乗るわけもない。
軽く苦笑してみせると、彼女も同じように肩を竦めた。
「姐さんたちはそればかりだ。しないって知ってるだろうにからかうんだから」
「ふふ、誰がアルの筆下ろしするのか賭けてるのに残念だわ。大金払っておしゃべりして帰るだけなんてつまらない男になったものね」
「はいはい、どうせ俺はつまらない男だよ。高級取りなのに金の使い途がなくて困ってるんだからね。姐さんたちに使うくらいしかないんだよ。それより、サガント王国の第二王子の話を知らないか?」
「あら、彼ならナージャのお客様だわ。今も端の部屋でお楽しみ中よ。金髪の小さい娘がお気に入りみたいね」
もともとの嗜好かもしれないが、主の代わりかと思えばなんとも苦々しいものが込み上げてくる。思わずぼやいてしまうほどだ。
「やっぱり邪魔だなぁ」
「あら、さすがに王族は無理よ?」
「そこまで短絡的じゃないさ。それより今日はこの前のことで謝りに来たんだ。騎士団の尋問が大変だったんだって?」
「あら、ジル姐さんに聞いたのね。そうよ、本当に大変だったんだから、アルはちゃんと慰めてくれるでしょう?」
「仰せのままに」
恭しく頭を下げればカミイアは豪奢な寝台にうつ伏せに寝そべった。
アルゥバースは彼女の細い腰を跨ぐ形で膝立ちになる。
そのまま彼女の体を覆うように身を屈めるが、背中に両手をついてゆっくりと揉み込む。
薄い桃色の布地越しに伝わる体温と瑞々しい柔肌を丹念にほぐせば、カミイアの口から艶めかしい嬌声があがった。
「はあンン、いいわぁ。アル、すごく上手よぉ」
「お褒めいただき光栄です」
「アル以上に上手な子っていないのよね。毎晩でも来て欲しいくらいだわ。お金だってこっちが払ってもいいくらいよ」
娼館に住んでいた頃から、肩もみをしていたアルゥバースはいつの間にかマッサージを覚えていた。
体を使って働く彼女たちは、肩こりや腰痛などに悩まされている。
それ以外にも女性特有の冷え性などもあり、全身を揉むことをお願いされていた。
公爵家に引き取られてこちらに出入りするようになっても、しばしば呼ばれて出張マッサージ屋をしているのだ。
ただし、客の取れない姐たちのためにお金を支払うのはアルゥバースだ。
店も姐たちもわかっているので、お金は受け取ってくれるがジルレイナに聞いたところによれば、誰もが使わずにこっそりと貯めてくれているらしい。
もちろんアルゥバースは聞かなかったことにしている。
彼女たちに渡している金なので、好きに使ってくれたらいいとは思うが。
「また腰回りが冷たくなってるよ。あんまり冷やすなって言ってるのに、こんな薄い寝衣なんだから」
「あら、客には好評なのに。アルはお気に召さないかしら?」
「姐さんの体の方が大事だ」
「…まったく。とんだ女ったらしに育ったものね。アジリィ姐さんも浮かばれないわよ」
「母さんは面白がってるよ」
そうかもしれないわね、とカミイアは面白そうに笑った。
アルゥバースの母親はどんな出来事でも楽しそうに笑っている女だ。
だからこそ―――厄介な血を受け継ぐ自分を生んで、文字通り命がけで育ててくれた。
母が愛したこの場所を、母の代わりに守りたいのかもしれない。
彼女が守ってきたように。
到底力は及ばないが。
時には手伝ってもらったりもしているが。
だというのに姐たちは、アルゥバースを女の敵だと評するのだから腑に落ちない。
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