第19話 お嬢様の憂鬱(サラヴィ視点)

サラヴィはカンターレ公爵家に生まれた。

生まれは選べないし、与えられた環境に自分なりに精一杯努力してきたつもりだ。知識も教養も持てるもの全て傾けて習得してきた自負がある。


けれど、時折やるせない気持ちになることもあった。とりわけ、想い人に関する手紙が届いた時などは。


「またですか、お嬢様」


はあっと物憂げなため息をつくと、隣に控えていたラーナは机の上に広げられた手紙を一瞥して眉を寄せた。

自分より十歳年上の侍女は、気心の知れた間柄だ。何より長年の自分の想いを誰よりも理解してくれる。想い人とは別にずっとそばで見守ってくれている人でもある。


「アルって本当に凄いですよね…」

「自分だけの王子様に見えるんでしょうね。まあ物腰は柔らかいしエスコートも丁寧だし? 同性までたぶらかしてくるのはいかがなものかと思いますが。中身は単なるド変態なんですけどね。あんなのお嬢様しか取り扱いできませんよ」

「もうラーナはそればかり。それにしても学園に入ってから、この手の話を貰うのが増えましたね。もうすぐ卒業だというのに結局尽きることはなかったですし」

「入学時も確かに凄かったですけど、今回は卒業だからでしょう。お嬢様が学園から居なくなれば姿を見る機会も減りますから最後くらい記念に申し込んでおこうみたいな感じでは? ほら、他人の持ち物ほど素晴らしく思えるのでしょうから。一度気がつけば観賞用にはもってこいですからね、あの変態執事は」

「だからアルはものではないっていつも言ってるでしょう?」

「お嬢様の持ち物扱いですから、このような手紙がお嬢様に届くのでしょうに」


ラーナの言葉にサラヴィは返す言葉がない。

目の前に広げられた手紙に書かれた内容は執事であるアルゥバースを譲って欲しいという話だ。似たような内容の手紙が父にも届いていることは知っている。それも一通だけでなく様々な階級から多岐に渡る。


公爵家という貴族でも上位の階級にあるにも関わらず、あるからこそかもしれないが、優秀な執事を譲り受けたいと申し込まれる。

それを父が断り続けていることも知っている。

それは彼が幼い頃から続いており、いっそ清々しい形式美といえるようなやり取りで断ってはいるが、話が出る度に落ち込んでしまうのもいつものことなのだった。


「でもお嬢様の見る目が確かだって証明されてるようなものでしょう。人気のある恋人で良かったじゃないですか」

「恋人じゃないですっ!」


どっかんと音がしそうなほど顔を真っ赤にして叫べば、呆れた視線を向けられる。


「あんなに始終イチャイチャしてるくせに、まだなんですか。というか、お嬢様たちは世間の恋人の概念をきちんと学ばれたほうがよろしいかと…」


サラヴィとアルゥバースは主従関係だが、自分の彼への想いは屋敷中の人間が知っている。もちろんラーナも、だ。


初めて会った時に、彼を一目見て卒倒してから父や母を筆頭に散々からかわれている。なんなら生ぬるい視線で見守られているほどだ。

身分があるとか年齢差とか誰も気にしないので、サラヴィは彼への想いをしっかりと育んで現在に至る。


アルゥバースがどんな奇行に走ろうとも、どんなに暴走しようとも自分の気持ちは変わらない。

彼が好きで、大好きでずっと傍にいて欲しいと願っている。

なんなら、時折本人にお願いもしているほどだ。


だがアルゥバースは頷いてはくれるが、どうも自分が思っているのとは違うのだ。

それこそ恋人とはほど遠い。

恋愛が何をするのか漠然としか知らないが、今の関係がそんな甘い関係ではないことだけはわかる。


ラーナはすぐにイチャイチャしているというが、どちらかと言えば暴走するペットの手綱を握る感覚に近い。


「はあ、下着まで贈られてるんだからてっきりそんな爛れた関係でいらっしゃるのかと思っておりました」

「たっ爛れ…そんな関係……」


以前にアルゥバースが下着の見本を取り寄せて部屋に並べてくれたときに、ラーナを呼んだことがあった。それからそんな勘違いが生まれていようとは。

絶句していると、彼女はしみじみと息を吐きだした。


「規格外のアホ執事だと失念しておりました。主人に迷惑をかける変態を野放しにしてしまって申し訳ありません」

「いえ、ラーナのせいではないですよ…?」


むしろ自分から他の人に頼めば良かったのだが、それより早くにアルゥバースが気づいてしまった。ある意味優秀な執事なのだ。

自分ですら気づかない変化にいち早く気がついてくれたという喜びもある。


頬を染めて俯けば、察したラーナが深々と息を吐いた。


「未婚で恋人すらいない私に見せつけるのはお止めくださいね、お嬢様」

「そんなつもりはないです…」

「とにかくそのような手紙があの変態に見つかる前に返事を書いてしまったほうが宜しいのではないですか」


アルゥバースに引抜きの話がきた当初は、彼に受け入れるかどうか確認していたが、相手の家に猛烈な抗議という名の脅しをすることから今では内々に処理するようにしている。彼にとっては女神たる主人の素晴らしさを滔々と語っているだけなのだが、相手の子供のできの悪さを突きつけるので亀裂が生じるのだ。サラヴィにとっても恥ずかしいやら居たたまれないやら複雑な心境に追い詰められるので、ダメージが大きい。


そんなアルゥバースは今、今週に迫ったサラヴィの誕生日の準備に追われて屋敷を駆けずり回っている。突然の招待客の変更に、更に仕事が増えたようで学園から屋敷に戻るとすぐに彼は傍からいなくなってしまう。だが、夕食の時間や寝る前には傍についていてくれるので、それほど寂しいとは思わないのだが。


「そうよね、いつ戻ってくるかわからないですしね!」


気合いを入れて返事を書こうとしたサラヴィに、そういえば、と侍女が前置きする。


「今年は学園も卒業しますし、例のアレをおねだりしてみてもいいんじゃないですか?」


毎年誕生日には、アルゥバースにささやかなお願い事を叶えて貰っている。先にくる彼の誕生日プレゼントのお礼代わりに、お花が欲しいとか、手を繋ぐとか、頭を撫でてとか、一日だけ名前を呼び捨てにして欲しいとかだ。

だが一昨年辺りからラーナ一押しのおねだりを保留にしているのだ。あまりに恥ずかしいけれど、サラヴィの秘かな願いでもある。


ニマニマとイヤな笑みを浮かべたラーナを上目遣いで見上げる。羞恥に思わず涙ぐんでしまうのは許して欲しいところだ。


「こ、断られたら…約束通り慰めてくださいねぇ…」

「もちろん、きちんと絞めあげて殺りますとも!」


頼もしい侍女の後押しを受けて、サラヴィは今年こそは、と力を入れるのだった。

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