第20話 お嬢様の誕生日
晴れやかな青空の下、サラヴィの16歳の誕生日を祝うパーティが、カンターレ公爵家の中庭で盛大に開かれた。
この日に仕立てられた特別性のドレスは水色の光沢のあるドレスで、幾重ものレースを重ねてふんわりと広がったスカートが美しい。
妖精のように可憐な彼女の容姿を引き立てている。
美しさにアルゥバースは声もでない。
彼女もこれで成人になる。春の社交シーズンにはデビューをして立派な淑女の仲間入りだと思うと感慨深くもなる。
公爵からの挨拶も終わり、彼女の紹介も済んだ。宴は真っ最中で大勢の招待客に囲まれ微笑んでいる少女を眺めつつ、胸に宿るのはどこか苦い思いだ。なぜだろうと首をかしげるが、苦しみは去ることがない。
「なんて顔をしてるんだ」
ぼんやりと立っていると、いつの間にか近くにいたサリムが、憮然とした面持ちで立っていた。
「お嬢様が大人になられたことを噛み締めているだけですので、放っておいてください」
「いや、君、今日は給仕担当だろう。さっさと客のグラスを回収してきたらどうだい。ちなみに、俺は客のほうだからね」
気取ったサリムは男爵家の三男だが、彼は招待客リストに名前はなかったと記憶している。つまり、今回の御披露目の証人枠として呼ばれたのだろう。
貴族なら誰でも参加してくださいの特別枠だ。
「はいはい、お客様、あちらのオードブルはお勧めですよ。魚介嫌いな貴方も満足できる一品です」
「俺は魚介嫌いじゃなくてアレルギーだ! わかってるくせに勧めてくるあたり本当に陰険だね」
「もう、こんなところで騒ぐのは止めてよ。学園の控室じゃないんだからさ」
今にも泣き出しそうな顔をしているダンが、サリムを必死に窘めている。
できれば、もっと早くに来てほしかった。
彼も男爵家の四男だから、サリムと同様の理由だろう。観客は多いほうがいい。
広大な庭は人で溢れ返っているが、目当ての人物はすぐに見つかった。
エルフーンは何人かの女性に囲まれて、にこやかに会話をしていた。王族だし、さぞやモテるのだろうが、囲んでいる女性の視線には熱がこもっていない。
さては派手な娼館通いが淑女の間でも広まっているに違いない。まさか、サラヴィに求婚しているから誰も立候補しないということではないだろう。
同じく王族のガンレットのところには、今日も獰猛なお嬢様たちが群がって狩人並みの縄張り争いが勃発しているというのに。
内面の差というところだろうか。
「あれ、でも本当になんか落ち込んでる? サリムが面白がって騒いでるだけかと思ってたけど…大丈夫かい?」
「特に体の不調はありませんが」
「やめとけよ、ダン。こいつ、鈍感だから何にも気づいてないんだよ」
「え、あれ冗談じゃなかったの? アルゥバース、君、もう少し自分に優しくしてもいいと思うよ」
「自分に優しく、ですか?」
「人のことばかり考えてるから、わからなくなっちゃうんだよ。サリムみたいに好き勝手しろとまでは言わないけど」
「おい、俺を引き合いに出すなよ」
憮然としたサリムがダンを引き留めているが、結局彼らの言いたいことはよくわからない。
自分はよく好き勝手していると周囲からは言われるのだが。
「宴もたけなわですが、今一度注目をお願いいたします」
公爵の朗々とした声が庭に響いたのはそんな時だった。
いつの間にか、真ん中にサラヴィとガンレットが並んでいる。
「皆様もご承知のように、我が娘サラヴィは永らく王太子殿下の筆頭婚約者と囁かれてきました。そうしてこの度、ようやく二人の婚約と相成ったことをこの場にてご報告させていただきます。若い二人ではありますが、皆様方にも末永く見守っていただきますようよろしくお願いいたします」
内々の感情はどうであれ、歓声と拍手がその場を満たした。
今日はサラヴィの誕生会だが、同時にガンレットとの婚約披露宴も兼ねている。
卒業式に行うものが、早められた形だ。
その要因となった男は興味深そうに、中央で頬笑む二人を見つめているのだった。
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