第17話 学園の昼間
「まったく恥知らずもいいところね」
仁王立ちしているサラヴィがヒールの踵をひれ伏しているアルゥバースの頭に押し付けた。踵の先端は細くなっており、ぐりぐりと押し付けられるたびに痛みが走るが、それすら快感への刺激になる。
「ああ、お嬢様…」
喜びに満ちた声は、期待で震えてしまう。心も凍るほどの冷ややかな視線がアルゥバースに向けられた。忌々しげに歪む顔すら極上の美しさだ。
「汚らわしい駄犬め、もしかして興奮しているの?」
「申し訳ありません」
「涎を垂らして、物欲しそうな顔をして…まったく愚かな犬よ。これは褒美じゃなくて罰なのだから」
「はい、そうです! ああ、罰されても歓喜に震える躾のなっていない私にぜひお叱りを!」
さらにアルゥバースの興奮は高まっていくが、ばしばしと肩を叩かれた。
痛むのは頭の筈では、とふと我に返ると半泣きのサラヴィの顔が飛び込んでくる。
「お嬢様! いかがされましたか?」
「アルが全然正気に戻らないので…私、そんなことしてませんからぁ」
学園の昼時間はゆっくりと昼食をとって午後の授業に備えるように二時間ほど時間が設けられている。その時間は天気が良い日は中庭の木陰のテーブルで持ってきた弁当を広げ、天気が悪ければ食堂の一角を利用する。
今日は天気が良いので中庭のテーブルを借りて、弁当を広げていた。
婚約者だからとガンレットが現れて一緒に食事に、となったところまではよかったが途中でエルフーンが現れた。外国人らしい民族衣装を身にまとっている。
ゆったりとしたシャツとズボンに簡単なジャケットを羽織ったもので、夜会の時ほどのきらびやかさはないので、こちらが普段着なのだろう。王族らしく金は十分かかっていそうだが。
彼は視察ということで、あちこちを見て回っているらしい。ちなみに彼の妹はガンレットをお気に召さなかったのか、早々に自国へと帰ったとのこと。お目付け役だけが残った形になったが、当の本人はけろりとしたものだ。
「サラヴィの話をあちこちで聞いたが、お前、そんなに虐めてきたのか?」
挨拶も早々に、エルフーンが放った一言にアルゥバースは切れた。
「お嬢様が虐めていいのは私だけです!」
そうして、妄想が始まり冒頭に戻るわけだが、内容は全部漏れていたらしい。
若干青ざめたエルフーンと、いつもの事なので動じず茶を優雅に飲んでいるガンレットがいた。
「サラヴィ、お前の従者は何かの病気なんじゃないか?」
「そうだよね。本当にさっさとお払い箱にしたほうがいいっていつも言ってるんだけど、困ったことに彼女はとても彼を信頼してるんだよ。ところで、人の婚約者を呼び捨てにするのはいかがなものかと思うのだけれど?」
「そんな小さなことに拘る男は嫌われるだろう。もっと大らかにしたほうがいい」
「人のものに横恋慕する男もどうかと思うけれど。君も国に戻ってすべき仕事があるだろうに、ここにいていいのかい?」
「この国で学ぶべきことはたくさんある。それに、王族として一番大事なことを優先しているだけだ。つまり、自分に相応しい相手を連れ帰ることだな」
王子二人が優雅に舌戦を繰り広げている横で、アルゥバースはサラヴィを必死で宥める。
「いつもいつもアルはそうやって私を悪い人みたいに…そんなに意地悪じゃないですから」
「ええ、もちろんですとも、お嬢様。普段のお嬢様もそれはそれは可憐で素敵です。時々お踏みになられたり、冷たい視線を向けてくるお嬢様もそれはそれで素晴らしいのですが」
「だから、そんなことしていません!」
爽やかな青空の下、混沌とした昼時間だが、エルフーンが思い出したように声を上げた。
「そうそう、サラヴィ。今週末に誕生会を開くと聞いたんだが」
「ええ、その予定ですが…」
「是非とも参加させてくれ!」
「無理です!!」
アルゥバースの悲鳴染みた叫びが上がる中、混沌とした時間はゆったりと過ぎていくのだった。
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