第15話 夜会の続き

公爵家に戻れば、サラヴィはアルゥバースの服の袖をつまんだ。


「先ほどの続きをする約束、ですよ?」


逃がさないという意思表示らしい。そのまま引きずっていってベッドに縛り付けられ、鞭を打たれるのもいいし、尻を蹴り上げられてもいい。

できたら駄犬め、靴をお舐めと蔑まれてもなおよし、だ。


妄想しつつサラヴィの自室へと入ると、彼女はくるりと振り返った。

一歩、アルゥバースに近づく。

いつもの距離もずっと近く、すぐに抱きしめられる距離に主人が立っている。

ふんわりと鼻についた匂いは異国のエキゾチックな香りがした。

相手が瞬時に思い浮かんで、頭が焼き切れるかと思ったほどだ。


いつものサラヴィは甘い果物のような匂いがしている。

あの香りがすっかり飛ぶほど、彼と一緒にいたということだろうか。


「申し訳ありません、お嬢様!」

「え、きゃあ! ア、アル??」


小柄な体を抱きしめて首元に顔を埋める。困惑したサラヴィの頓狂な声が聞こえるが、離すつもりはない。

そもそも夜会の続きを望んだのは彼女のほうだ。まあサラヴィが求める続きは頭を撫でることだろうが、其れよりもはるかに近づいてしまったが沸騰した頭では自制も効かない。


首筋はさすがにいつものサラヴィの匂いだ。

鼻腔いっぱい吸いこんで、吐き出した。


「駆け付けるのが遅くなってしまいました。さぞや怖い思いをなさったでしょう?」

「え、えと。アルはすぐに助けてくれましたよ?」

「それでも暴漢をあなたに近づけてしまいました」


サラヴィは軽く身じろぎしながら、伏したアルゥバースの頭を優しく撫でてくれた。

泣きたくなるほど、心に安堵が染み渡る。怒りも懸念も何もかもどうでもよくなるほどだ。


「怖くなかったといえばウソになりますけれど、アルが撫でてすべて癒してくれたので満足です」

「…左様ですか」

「はい」


ふふふと柔らかく笑う声が頭に落ちてくる。

いつでもアルゥバースの主人は優しい。

自分の世界は優しさに包まれている。とりわけ主人の態度は群を抜いている。

だから、いつまでもこの主人の犬でいたいと願うのだ。


「いつもとは逆ですね。私にもアルを慰めることができて幸せです」

「主が寛大な方で、私は果報者ですね」


サラヴィの身体からそっと離れて、微笑めば彼女はなぜか顔を赤らめて睨み付けてくる。


「アルは時々意地悪です。……もう少しくっついて撫でてあげたかったのに、そんなふうに笑われたら責めることもできないじゃないですか」


最初以外の言葉は小さな呟きでアルゥバースの耳には届かなかった。

なので、直立不動でサラヴィに謝罪する。


「敬愛する主にそのように評されるのは心外ですが、ご不快にさせたのなら申し訳ありません」

「私が何に不満を感じてるか思い付きもしないくせに、謝るのは卑怯です」

「では、どうしたら許していただけますか?」

「私が満足するまで撫でてください」


にっこりと笑いながらサラヴィが頭を傾けたので、アルゥバースは許しが出るまで撫で続けたのだった。

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