第10話 お嬢様とのお勉強
学園の卒業が近づいてくれば、もちろん卒業試験も近づいてくる。試験をパスしなければ卒業できないというほど厳しいものではないが、それなりの成績を修めなければ、卒業後の進路に躓くことになる。
もちろん、社交界での噂にもしっかりなる。
サラヴィは公爵家令嬢で王太子の筆頭婚約者候補でもあるので、それなりの成績が求められているのは言うまでもない。
それがわかっているので、彼女はいつも学園から帰ってくると勉強の時間を設けて予習復習に余念がない。今までは学園の授業に向けて学んでいたが、これからはそこに卒業試験に向けた勉強も加わる。
卒業試験は口述試験になるので、やはり対策と準備が必要だ。
アルゥバースは過去10年ほどの卒業試験を調べ上げて、夜な夜なサラヴィの試験対策に付き合っている。
「さて、お嬢様。本日は昨年度の卒業試験をご用意いたしました。作られた先生は以前に学園にいらした生物学のガウフナー老と地理学のセンバッハ先生です」
「はい。いつもありがとうございます。よろしくお願いします」
自室の椅子にちょこんと座ったサラヴィが頭を下げる。
とみせかけて頭突きをしてくる。軽い悲鳴を上げれば、そのまま床に転がされて踏みつけにされ、両手両足を縛りあげ、無様な声をあげてしまった己をきつく叱る。
―――などということが起こればいいのに。
変態執事の頭の中は今日も絶好調だ。
だが表情は神妙なままである。
「では一問目。『夏の植物バーリマントの世話の仕方について述べよ』」
「バーリマント…ですか。ええと、夏に黄色い小さな花をつける植物で、花を持たせるためにはあまり暑いところに置かずにやや涼しいところに置いておきます。水やりは朝と夕方の二回必要ですが、地面が軽く湿る程度で、やり過ぎると細い根が腐ってしまうので注意します。バーリマントはその濃い青色の葉も特徴的で、葉の神秘的な青色の濃さは…ええと、ナルジの石を砕いたものを土に混ぜるといい、と思います」
「そうですね、70点といったところでしょうか。まずは花や葉の植物について特徴を述べたところはよかったですね。夏の植物というヒントがありますので気候を踏まえて花が保てる方法を説明したところも素晴らしいです。バーリマントは観賞用としても人気がありますが、贈答用としても喜ばれているので、その点を指摘して他の植物に比べて世話のしやすい花としても重宝されているところを付け加えてもよろしいかと。できればもう少し葉の説明が入ればなおよかったですね。あの濃い青色は夕日に当ててもなぜかほんのりと濃さが増すと言われています。またバーリマントの葉の形も特徴的ですので、扇形に広がったつるりとした葉などという話があるとさらによかったですね。そもそもバーリマントの名前の由来は葉を広げた形がマントを纏っているようだというところから来たと言われていますから」
「わ、わかりました。この前、学園の離れの植物園に行きましたけれど、バーリマントは置いてありませんでしたよね?」
学園の離れの植物園は区画ごとに分けられて、温度管理がなされている。寒い地方で育つ植物や暑い地方で育つ植物といったように、植生に合わせている。順路通りに進むだけで、各地方にある植物を堪能できるようになっている。
「いえ、暑い地方の植物の場所にきちんとありましたよ。入って16番目の植物でタナンンジとトリジアテの間にありましたね」
「み、見落としていました」
「生物学のガウフナー老はわりと人気の植物を試験の題材に持ってくることが多いようですね。もう学園にいらっしゃらないからと言って試験を作らないというわけではないので対策は必要かと思われます。以前にも学園の講師を引退された方に問題作成を依頼されたという記録もありましたから。今、生物学を教えられているトットナー先生はもともとガウフナー老の教え子でもあり、尊敬されているそうですから試験内容を相談するくらいはしそうですからね」
「はい、もっとしっかりと学びます。でも、アルはすごいですね。いろいろと調べてきちんと覚えているんですから。私はなかなかすべて覚えられなくて…」
しゅんと肩を落としたサラヴィが憂いげに息を吐く。
ああ、その息を瓶に閉じ込めてしまいたい。なぜ己は今、空き瓶を持っていないのか。優秀な執事と言われようとも、己の不甲斐なさを噛み締める瞬間でもある。
「お嬢様はものすごく努力されております。その積み重ねは決して自分を裏切りはしません。それに十分にお嬢様は賢い方ですから、自信を持ってください。では、二問目に参りましょう」
こうして二人の勉強は執事の妄想に気づかれることなく、続いていくのだった。
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