第13話 旧知との再会
「あら、もしかしてアル…?」
急ぎ回廊を進んでいると聞き慣れた声がした。思わず立ち止まると、深紅の夜会服に身を包んだ妙齢の美女が扇を片手に回廊の端に一人で佇んでいた。
「ジル姐さん」
「久しぶりねぇ、すっかりイイ男になっちゃって。元気だった?」
母の元同僚だった女で、数年前に身請けされて伯爵の後妻になった。今だに店に顔を出しているので働いている姐さんたちとは顔を合わせるが、出ていってしまうとほとんど接点がなくなる。彼女とも久し振りの再会だった。
夜会服をきていることからも、出席者なのだろう。
幼い頃から自分を可愛がってくれた人でもある。あの店にいた女たちは皆、アルゥバースを弟のように世話してくれたが。
貴族社会に仲間入りしたからといって変わらない様子の彼女に邪気のない笑顔を浮かべてしまう。
「変わりないよ、姐さんも元気そうで良かった。昔と変わらず綺麗だね」
「全くアンタってば、相変わらずねぇ」
心の底から褒め称えたのに、なぜか呆れた視線を感じて内心首を捻る。
パチリと扇を閉じたジルレイナはアルゥバースの首に両腕をするりと絡めると赤い唇を耳に寄せてくる。
「そういえば、カミイアに無理言ったらしいじゃない?」
「別に強制した訳じゃない。ただ姐さんも困ってるって言ってたからお願いしただけだ」
話の内容を他人に聞かせられないためひそひそと囁く。端からみれば睦み合う男女の姿だが、艶っぽい雰囲気は微塵もない。
カミイアはナグレル侯爵の情婦だ。彼はもともと心臓の病があったため情交する前に飲ませて欲しいと、ある薬を渡した。アルゥバースがやったことと言えばそれだけだ。
飲ませるかどうかは彼女の判断に任せた。実行されなければ別な手立てを考えるだけなので、どちらでもよかった。
ただナグレル侯爵は特殊な性癖の持ち主で最中に噛む癖があったらしい。彼と寝たしばらくは別の客に晒せない身体になってしまうためカミイアは困っていたようだった。なので勝算は高かったのだが。
「しつこく騎士団に尋問されたってぼやいてたわよ」
「それは悪いことをしたな。今度、何かお礼の品でも持っていくよ。それにしても、姐さんたちが会うことなんてあるんだ?」
「あの子達だって籠の鳥じゃないんだから買い物ぐらい行くでしょう。私も店には今も遊びに行くし」
「伯爵家の奥様がそんな身軽でいいんだ?」
「後妻だもの。後継ぎもいるから役目なんて夜会で着飾って微笑んでればいいのよ。だからって不幸って訳じゃないわ、旦那様は優しいしね」
「姐さんが幸せなら、俺は満足だよ」
「ありがとう。久しぶりに会ったんだし、遊んでいく? アルならたっぷりサービスしてあげるわよ」
唇が触れそうな距離で微笑まれて、思わす苦笑する。昔から人をからかって遊ぶ癖は直らないらしい。お互いにあまり性格は変わっていないようだ。
「有難い申し出だけど、俺ちょっと行くところがあって…」
「いや、…アル!」
やんわりとジルレイナの身体を離した途端、アルゥバースの最も愛する主人の小さな悲鳴が聞こえたのだった。
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