第7話 斧を振り回すお嬢様
サラヴィが学園にいる間は、アルゥバースは学園が用意した使用人たちの控室にいる。もちろん野外活動などはつきそうが、教室での休憩時間には給仕もするので、ずっと控室にいるわけでもない。ただ、学生に付き従う従者の顔ぶれはあまり変わらないので使用人たちは仲がいい。
一部、従者をコロコロと入れ替える生徒もいるが少数派だ。
控室にはいくつかのテーブルとイスが置かれ、簡単なキッチンもついていて給仕も行いやすいように配慮されている。
アルゥバースがサラヴィを教室まで送って控室に顔を出すと、先に来ていた数人が息を飲んだのがわかった。
「おはよう、アルゥバース。今日もいい天気だね」
そんな静寂の中、爽やかな笑顔を張り付けて声をかけてきたのはサージェルト伯爵家の従者であるサリムだ。白金の髪に青い瞳と珍しい色ではないが、人なつっこい笑顔で貴婦人方にも人気がある。
「おはようございます、サリム。朝からなんです?」
「いやあ、ちょっとおもしろい話を耳にして。君のところの公爵令嬢様が斧を振り回して机を壊したって? 朝から坊ちゃまが大層怖がっておられたのでね、真相を知りたいんだけど」
机は昨日の朝方には新しいものを入れており、元通りのように見えるはずだ。昨日1日は平穏に過ごした筈なのに、2日後にそんな話がでるとは不思議に思える。
例のご令嬢の家族にも制裁を加えたので、今はこちらに関わっているどころではない筈だ。現に昨日は当のご令嬢は休みを取っていた。今日も引き続き休みだろう。それなのに、どこから聞き及んできたのか気になるところだ。
「いつもの嫌がらせに決まっているではありませんか。うちのお嬢様のたおやかな細腕で斧など振り回せると本気でお考えですか。正気を疑いますよ。いったいどちらからお聞きになったんです?」
「坊ちゃまはダンのところから聞いたようだよ」
「僕を巻き込まないでよ、サリム!」
部屋の隅っこで小さくなっていたダンが飛び上がって叫んだ。茶色の髪を揺らしてきょどきょどと薄い青色の瞳を動かす。小柄な従僕はキンバリ伯爵家に仕えている。サージェント伯爵家とほぼ同格で二人の主も友人同士だ。自然とダンとサリムも顔を合わせることが多い。
「僕が言いふらしたんじゃないからね、アルゥバース。もともとはガメイン侯爵のところから広まったんだ」
「あちこちで吹聴しておられるそうですわよ?」
セントル伯爵家の侍女のアーメイナが近づいてきて、困ったように息を吐いた。金茶の髪色を一つ後ろで三つ編みにしている彼女は、この中では一番の年かさだ。年齢については言及した者はいないが、皆薄々気づいている。この中でも一番の権力者でもあるので、誰も彼女には逆らわない。
「また君が何かしたんじゃないの?」
「またとはどういう意味です?」
「そりゃあ、言葉の通りだよ。以前も君に懸想していた伯爵令嬢が君の主人のお嬢様に怪我を負わせたとかで退学になったところじゃない。君を欲しがった侯爵令息もいたっけか」
「記憶にございませんね」
「相変わらず便利な頭だね。相手の親兄弟の誕生日とかいうどうでもいいことまで記憶しているくせに」
「不必要なことまで覚えている労力を割けないだけですが。ガメイン侯爵というとレイチェル様とタリ様が今、学園に通われていたと記憶しておりますが、どちらの方ですか?」
「長女のレイチェル様のほうです。面識がおありですか?」
アーメイナに確認される前から記憶を探しているが、特にこれといった接点が思い浮かばない。そもそも執事ごときに懸想する令嬢などほとんどいないものだ。もちろん同性など論外だ。正式にサラヴィが狙われていると思った方がいい。
机を壊された時点で王太子関連を探ってはいるが目ぼしい情報は得られずアルゥバースはイライラしていた。もちろん、ガメイン侯爵も調べていたが、特に気になるところはなかったはずだ。
「私には心当たりがありませんが。王太子関係でしょうね。レイチェル様も婚約者候補でしょう」
「今更、なんの嫌がらせかとも思われますが。もうすぐ正式に王太子の婚約者が発表されるので焦っているのかもしれませんね。お気を付けください」
「ありがとうございます」
素直に礼を述べれば、サリムが舌打ちし、ダンは真っ赤な顔をしてうつむき、アーメイナは無表情のまま固まった。
「相変わらず無駄に人を誑かす男だね」
サリムの苦々しい言葉はあっさりと聞き流すアルゥバースだった。
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