第3話 執事は何でも知っている
ガンレットを見送ったあと、斧はもともとあっただろう資材置き場に戻し、半壊した机は解体して馬車の馭者台に無理矢理押し込んで、アルゥバースはサラヴィと帰路の馬車に乗り込んだ。
ふぅっと小さな息が隣から零れたため、思わず眉根を寄せてしまう。
「申し訳ありません、お嬢様。お心を不用意に乱れるような所業を見せてしまいまして。配慮が足りず疲れさせてしまいましたね。お屋敷に戻りましたら、すぐにでも憂いは取り除いて差し上げますので」
深く詫びれば、慌てたサラヴィが大きく首を横に振った。
「私は大丈夫です。それより、せっかくお父様がくださったものを壊してしまったのが申し訳なくて…」
「あの机なら試作品が私の部屋にありますから、取り替えておきますね。明日にはいつも通りに授業をお受けできますよ」
「え、試作品、ですか…?」
きょとんと瞬きをするサラヴィに内心で悶えながら、アルゥバースは無表情のまま告げる。
「お嬢様の希望に完璧に沿えるようにいくつか似た机をあつらえさせていただきましたから。そのうち一番近いものを私が使わせていただいております。ああ、使っているといっても眺めているだけですよ? きちんと手入れも怠っておりませんから、いつでもお使いいただけます」
「あの、アル、聞いてもいいですか? その、なんのために? 貴方が使うには少し小さいでしょう?」
サラヴィのサイズに合った机だ。もちろん、アルゥバースが使うには小さい。それは普通に机として使った場合の話だ。
「いいえ、何の問題もありませんとも。1日学園で過ごされたお嬢様が向かっていた同じ形の机ですよ。お嬢様が机を使いながら、勉学に励む傍らで、私へのお仕置きなど考えておられた、その姿をまんじりともせずに受け止めていた机と! ああ、私も机になりたい!!」
そんなことを妄想しながら夜な夜な磨かれている机だ。いつでも使用可能で新品以上に光輝いている。
「アルゥバース! また、発作が起きてますから…落ち着いて! そう、そうだわ、机を誰が壊してしまったか考えないと」
「もう目星はついていますよ」
ふと平常のトーンに戻って乱れた襟首を整えながら話す。
「え、わかってたんですか? 手紙も差出人など書かれていませんでしたが…」
「差出人などなくとも、わかります。紙自体は市販のものですが、使われている青いインクが特殊でしたから。あのなかなか乾かないけれどいつまでも鮮やかさを保つ青色など、ナグレル侯爵がいつも使われているインクです。それに、乾きにくいのに焦って書いたんでしょうね、至るところに線が滲んでいる。ただ、この特徴的な丸文字はカレン=ナグレル様のものですよ、間違えようがありません」
「学園の生徒の筆跡を覚えているのですか?」
「手紙は紳士淑女のたしなみでしょう、生徒どころかその親のものも当然把握しておりますとも。もちろん、お嬢様の美しくも優しい文字も何千という手紙の中から見つけられますよ」
「あ、ありがとうございます」
「私のお嬢様への愛をお疑いですか? それとも相手を告げなかったことをお叱りになります? ああ、それもステキなご褒美ですね。罵倒します? 鞭も捨てがたいですが。お嬢様はすぐに私を甘やかすのですから困りました」
困惑しているサラヴィに畳み掛ければ、彼女は真っ赤な顔をして息を飲む。
「なっ…叱りませんから!」
「はぁ、今日も焦らしに来ますね…さすがです、お嬢様。ツボが分かっていらっしゃる」
「分かりませんよ、全く分かってませんからね?!」
「ですからご安心ください。明日にはいつもと変わらない日常をお過ごしいただけますから」
にこりと微笑めば、サラヴィは疲れたように小さく呟いた。
「ほどほどにしてあげてくださいね」
「かしこまりました」
アルゥバースの大切な主のものを傷つけ、その優しい心を憂いさせた罪は重い。命まではとらないがほどほどの目には遭ってもらわなければ気がすまない。
こうした執事の暴走が、主人の噂話に拍車をかけていることなど知る由もないのだった。
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