第10話予想外

「な、な、なんですかこれはぁぁぁぁぁぁ⁈」


 小鳥のさえずりが飛び交う爽やかな朝、世界を包み込む満天の青空に1人の少女の叫換が響き渡る。


 少女の名前はサリー。修道士学院に通う12歳の女の子。そんな彼女の目の前には今、何かのパーティーかと勘違いする程に豪勢な料理と、新品でぴっしりと畳まれていた修道服が置いてあった。


「なにって、もちろん今日の参観日の用意だよ」


 優しく微笑むゼノ。その笑顔には、一欠片の悪意も見当たらない。キラキラと輝く完成された微笑みであった。


 サリーは思う。


 な、なんで⁈ 昨日の今日でここまでの準備ができるはずないじゃない! バレていた? いや、それはないはず。では、一体なぜ?


「ふふ、困惑しているようねサリー」


 サリーの疑問を見通したかのように、背後から言葉が投げかけられる。

 はたしてそこにいたのはシスターエルナだった。


「あなたの疑問、この私が答えてあげましょう!」


 いつのまにやら持っていた茶色い鹿撃ち帽を被り、パイプを咥え、どこぞの探偵のような格好でサリーに向かって人差し指を突き出すエルナ。


「あなたはゼノを舐めすぎたのよ!」

「ど、どういう意味ですか?」

「ゼノがあの手紙を見つけたのは朝食を食べ終えた午前9時前後。その後、本来の仕事と今日の分の仕事を片付けつつ参観日の準備をするなどゼノにとっては造作もないわ!」


 この超人野郎! くっ、うかつだったわ。

 確かに朝の段階で見つけとしたら、神父ゼノが準備をするのには十分過ぎる時間。

 甘かった、やはり当日まで隠し通すべきだったんだわ。


 渾身のドヤ顔でサリーを見下ろすエルナに対し、サリーは唇を噛みしめながらゼノの有能ぶりを再認識し、悔しさをあらわにする。

 だが、サリーは諦めない。


 まだ私には手がある!


「あ〜、せっかく用意してもらったのに残念です。2人は今日もお仕事ですものね? 私1人で食べきれる量でも有りませんし……どうせでしたらおふた」

「心配ご無用!」


 サリーの青臭い演技に割り込んだのはまたしてもエルナだった。


「準備に動いていたのはなにもゼノだけじゃないわ!」

「ま、まさか!」

「そう、ありとあらゆる場所をダッシュで巡り、今日教会をお休みすると皆んなに伝えたのはこの私! シスターエルナよ!」


 やりやがったこの女! 普段はそんなに仕事しないくせに! こうゆう時だけやる気出さないでよ!

 はぁ、摘んだわこれはもう無理ね。さすがに絵師の方を雇う時間は無かったみたいだし、今回はこれでよしとしましょうかね。


「…………神父ゼノ。それは?」


 1つだけでも計画を阻止した事に満足したその時、ゼノが取り出したものにサリーはツッコまずにはいられなかった。


「画板だよ?」

「どなたがなんために使うんです?」

「サリーの晴れ姿を僕が描くために使うんだよ?」


 この男、絵まで書けたんかい! もう死角ないじゃん! 明らかに神父の範囲超えてんじゃん! もう無理だ、諦めよう。この2人に勝てると思った自分が馬鹿だった。あとはせめて祈ろう。

 あぁ神よ、天に座したる世界の秩序よ。どうか、どうか今日という日を安穏な1日で終えられますように。


 サリーはテンション爆上げ状態の2人を尻目に、ただ神に祈るばかりであった。



 ────修道学院正門前。


 サリーの祈りは見事に届かず、やはり周囲の生徒や保護者からの視線を釘付ける事になった。

 だが、無理もないとサリーは思う。


 いつもの神父服ではなく、黒のタキシードに身を包み、ほのかに甘い香りを漂わせているゼノ。恐ろしいほどの色香がその身から溢れ出している。


 エルナもまたいつもの修道服ではなく、ベージュのドレスに身を包んでいた。体にフィットするタイプで襟元に多少緩みのある膝丈のドレスだ。ゼノとは違い、フレッシュで爽やかな香りを纏っている。


 上品かつセクシーな2人は、まるで上流貴族のような佇まいをしていて、正直ウいている。


 そんな2人の間に挟まれているのがサリーである。恥ずかしさ全開といった顔でぐったりと歩を進めている。



 だから嫌だったのにー! なにこの気合の入りよう! 周りと温度差が違い過ぎるわ!



 サリーは2人のバッチリ決まった格好に文句があるようだが、直接訴えたりはしなかった。

 この時のサリーの心には、2つの気持ちが混在していたのだ。

 1つは先ほどの文句だが、もう1つは純粋な憧れだった。


 ゼノは言わずもがな洗練され、引き締まった肢体、長身ならではの全体的にスラリとしたシルエット。なにより顔がいい。執事のような格好だが、是非とも世話を焼いて欲しい、とサリーは密かに思った。


 だが、それよりも同じ女性としてサリーはエルナの方が気になっていた。


 美しい顔、出るところは出て引っ込むところはきちんと引っ込んでいる流麗なスタイル、細くしなやかな足。およそ女性の外見としては完璧と言っていいだろう。

 サリーは生真面な性格とはいえ女の子だ。憧れるなという方が無理というものだろう。


「サリー? 私なにか変かしら?」


 はっ、と自分がいつのまにかエルナに見惚れている事に気づき慌てて目をそらす。


「い、いえ! ただ似合っているなと思っただけです」

「あら〜! ありがとうサリー! 抱きしめてあげるわ!」


 嬉しさに頬を緩め、サリーをギューっと抱きしめるエルナ。



 な、なぜかしら? 今日はあまり無理して離れる必要がない気がする。なんかすっごい良い匂いするし、このままで良いと思えてきた。


「エルナ、サリー……遅刻しても知りませんよ?」


 ゼノの言葉に我に返り、自分も注目の的1人になってしまった事に顔を赤らめる。

 さしてサリーは、急いで手を振りほどき威厳と神聖性しんせいせいのある正門へと再び歩を進める。

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