第9話反抗期
「シスターエルナ、これを見てください」
シスターエルナが朝食を終え、リビングでコーヒー片手にくつろいでいるとゼノが1枚の紙切れを携えてやって来た。
「こ、これは⁈」
その紙切れを見たエルナは目を丸くして驚く。そして、すぐさまゼノの方に振り向き、目線だけで意思の疎通を行うとお互いに頷き合った。
「ただいま帰りましたー! ……あれ? 返事が返ってこない」
修道学院から帰宅したサリーは、教会の奇妙な静かさに首をかしげつつ2階のリビングへと向かう。
いつもは帰宅すると必ずゼノかエルナが教会にいて、サリーを出迎えてくれるのだがこの日は、なぜだかいなかった。
「2人ともいないなんて珍しいなー。お買い物? いや、シスターエルナが行くとは思えない。なにかあったのかな」
気にはなりつつも、心配はしないサリー。
またエルナがなにかやらかして、ゼノがその後処理をしているのだろうという程度にしか考えていなかった。
いつも通りに階段を上り、リビングの扉へと手をかけたその時、ふと何か気配を感じる。
誰かいる? シスターエルナ? 神父ゼノ? いや、それはない。どちらかならば私が帰ってきた時に声をかけてくるもの。
……じゃあ、いったい誰がいるの?
おそるおそる取手に手をかけるサリー。その額には未知なるものへの恐怖からか、少量の汗が滲んでいた。
そして、意を決して勢いよく扉を押す。
ガッッ! ドン!
「痛っ! 間違えた、ここ引き戸だった!」
ど天然の本領発揮である。
勢いよく開けようとしたせいで勢いよく頭をぶつけて痛がっている。緊張感を完全に破壊する会心の一撃であった。
気を取り直してもう一度取手に手をかけ、今度は慎重に扉を開ける。
「あれ? 2人ともいたんですか?」
中にはエルナとゼノがリビングの2人掛けのソファーに隣り合って座っていた。どうやら2人とも教会ではなく自宅にいたらしい。
仕事もせずになにをやってるんだとサリーは思ったが、2人のいつもとは違う雰囲気に気づき思い留めた。
「なにかあったんですか?」
サリーが心配そうに尋ねる。
すると、口を開いたのはゼノだった。
「サリー、座りなさい」
ゼノは静かな口調でサリーを対面のソファーに座るように促す。
サリーが座ったのを確認して1枚の紙を差し出した。
「サリー、これがなんだか分かりますね?」
「────うっ……」
サリーは差し出された紙に視線を落とし、思わず顔をしかめる。
気まずそうに2人の顔を見上げると、なんと2人は泣いていた。
「なんで泣くんですか⁈ 授業参観のお知らせを見せなかっただけじゃないですか!」
そう、ゼノが今朝発見したのは修道学院の父母参観日のお知らせの手紙だったのだ。
「なんで教えてくれなかったのですか、サリー! これ日付明日ですよ?」
どうやらゼノとエルナが泣いていた理由は、サリーが参観日の事を隠していた事に起因するらしい。
「はっ! もしかして反抗期? 反抗期なのかしら⁈」
「噂には聞いていましたが、なるほど、これが反抗期ですか。確かにこれは精神的にかなりくる。世のご両親はこれに耐え抜かなければならいとは、世界は残酷ですね」
手紙1枚見せなかっただけでこの有り様である。
エルナとゼノは互いに身を寄せ合い、泣きながら今後のサリーの教育方針を定め始めた。
「落ち着いて下さい! 反抗期じゃありません!」
これ以上は見ていられないと、サリーが2人の大げさな挙動を止めた。
「じゃあ……どうして教えてくれなかったの?」
目元をハンカチで拭いながらエルナが尋ねる。
それに対してサリーは目を細め問い返す。
「逆にお聞きしますが、私がこの手紙を貰った日に教えていたらどうしていましたか?」
「それはもちろん、新しいお洋服を買って、最高級の食材を揃えて当日に合わせて豪華なお弁当を作って、記録にも残したいから絵師なんかも雇うわね。それからそれから──」
「そうなるからですよ!」
まだまだ続きそうなエルナの発言を大声で掻き消すサリー。
「ん? どういう意味だい?」
サリーの言葉を理解できないらしく、ゼノが聞き返す。
サリーは思う。
はぁ、どうして神父ゼノはこう、勿体ない人なんだろう。
なにを隠そうこの男、ゼノ・レイビスは普段はとても理知的で常識人であるが、サリーに関する事になると思考回路がバグり、エルナ同様突飛な発想に至るのだ。
つまるところ、めちゃくちゃ過保護なのである。
サリーはこれを身をもって知っているので、今回の件を隠そうとしたのだ。
エルナ1人でさえ厄介なのに、さらにゼノまで同じ領域に立たれてはサリーにはどうしようもない。
でも、今回は大丈夫。バレてしまったとはいえ今は午後4時を回るところ、今からではシスターエルナの要望を全て叶えるのは不可能だわ! なにせ参観日は明日だものね!
勝った! サリーは思った。欲を言えば当日まで隠し通すつもりだったが、そこは仕方ないと割り切りサリーは勝ちを確信したのだった。
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