第7話サリーの過去②

 事件後のサリーはとても酷い状態でした。

 喋ることもせず、食べることもせず、眠ることもせず、大聖堂に引きこもりただひたすら十字架を睨むばかり。


「神様なんていない、信じない。神様を信じるお前達も、……絶対に信じない!」


 静かな聖堂に響く、よわい5つの少女の言葉。とても切なく、実感のこもった重苦しい言葉。

 無理もない、現にサリーは1番助けて欲しい時に救われず、唯一の味方さえも無残に失ってしまったのだから。

 サリーの目は充血し、本人が1番嫌いな赤色に染まっていた。


 当時の僕は何もしなかった。いや、なにもできなかった。

 自分の行動に自信が持てず、かける言葉も見つからず。ただ、影から見守る事しかできなかった。エルナも同様に。


 そんな中、先代のシスターアルテナは毎日のようにサリーに寄り添い、話をしていました。絵本を読んだり、世間話をしたり、時には絶対に分からないであろう国政の話もしていました。

 なかなか心を開かないサリーに、少しでも安らぎを与え、心の傷を癒そうと。


 ですが、サリーの傷は深すぎた。シスターアルテナでも癒すことはできなかった。

 そして、サリーの我慢の限界がきました。


 いつものように隣に腰を下ろし話出すシスターアルテナに、サリーは暴言を吐き散らし、台所にあったはずの果物ナイフでアルテナを刺してしまった。

 

 脇腹には赤色の染みが滲み、弱々しく倒れ込むシスターアルテナに、僕とエルナは戸惑い、動き出す事ができずにいた。

 神父オルダーの指示でようやく動き出した時には、もうすでに大きな血溜まりになっていて、死という言葉を全身に感じたことを、今でもよく覚えています。


 サリーは血にまみれた両手を小刻みに震わせながらも、ナイフを持つ手だけは緩める事がなかった。


「お前達が悪い! 不幸な私を救ったつもりか! 私は結局1人ぼっちになっただけじゃないか!」


 この教会に来て1番の大きな声でサリーは叫ぶ。

 助けてあげたのにこの言い草、しかも、身内を刺しておいて謝罪の一言もない。さすがの僕も心中は穏やかじゃなかった。怒りをぶつけて、今すぐ母親の元へ送ってやろうと、その時は本気で思った。

 

 でも、ナイフを握る彼女を改めて見た時に僕の中から憤りは一瞬で消えた。変わりに芽生えたのは、


「こんな思いをするんだったら、……私も、お母さんと一緒に、死んじゃえばよかった……」


 変わりに芽生えたのは慈愛の心。

 

 彼女は泣いていた。理由は分からない。亡き母を思っての事なのか、アルテナを刺してしまった事なのか、初めて犯した過ちを恐れてなのか。愛らしい顔を歪め、年相応の顔で大粒の涙を落とし泣いていた。


 1つだけ確かなのは、これはサリーがやりたくてやったわけではなく、こうしなければ自分の中でなにかが壊れてしまうと悟ったうえでの行動だったという事。


 この時、初めて僕はこの子の賢さを知ったんだ。


「それで、いいのよ。貴女は、今まで……よく、我慢したわ。むしろ、しすぎてしまったの」


 力のない口元をどうにか振るわせ、シスターアルテナは言った。自分の状態なぞ、まるで他人事のように。


「もう喋らなくていい。後は私に任せて、ゆっくりと休みなさい。アルテナ」


 今まで沈黙を貫いてきた神父オルダーが口を開き、穏やかな声で語りかける。


 その言葉に笑顔で頷くと、アルテナの体が翡翠の光に包まれた。優しく暖かい光。治癒魔法だ。

 シスターアルテナはエルナとは違い高位の魔法師だったが、治癒魔法に関して言えば王国一と謳われるほどだった。僕もエルナもすっかり忘れていた。


 そして、神父オルダーだけは全てを見越していたのだろう。シスターアルテナの計画を。


 シスターアルテナは、サリーの限界をずっと待っていたのだ。人間が自分の殻を破るには1度限界を超えなければならない。シスターアルテナの話は、サリーにとってさぞ苦痛だったのだろう。アルテナは、サリーに気を使わず、常に自分のペースで話ていたから。

 そして今日、見事に我慢の限界を打ち破ったわけだ。


 まわりくどいうえに、自分を犠牲にするとても褒められた案ではないが、これしかなかったんだろうと思う。

 オルダーが口出しをしなかったのは、おそらく邪魔をしないためだったんだ。


「それじゃあサリー、少し、私と話をしようか」



 その時の神父オルダーの笑顔はとても優しかった。

 

 

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