第29話 お前も不幸になれ


 *


 男の腕に包まれるのには、慣れている。


 むせ返る夏の夜にうなされながら、我が身を包む慈愛に身を任せた。


 否……慈愛というには、この抱擁は乱暴だ。


 がむしゃらに愛を求めるさまは、藁をもつかむ溺れ人に似ている。その余裕のない様に、夕立はどこか好感を持っていた。


(かわいそうな子)


 たくましい半裸に巻かれた布には、銃痕の血が滲んでいる。


 その傷以上に、凪の心についた傷は深いようだった。


 これまで大人ぶって、へらへらと兄のようにふるまっていた凪が、これほどに取り乱している姿には、心地よい安堵を感じる。


 凪が痛みに苦しんでいるのを見ると、夕立の胸に沈む苦痛はやわらいだ。


 同じように不幸な人間の姿は、見ていて悪くない。凪が苦しんでいるおかげで、夕立は、この世で自分だけが不幸なのだと思わずに済む。


 凪を抱きしめたのは、その苦痛に共感したからだった。


 だが、救う気などはさらさらない。


(お前は私と同じ、救われない人間)


 凪と同じような———いいや、凪以上の苦痛が、夕立にもある。


 どれほど足掻いても、失ったものが戻ることはなく、生涯その喪失感と、傷の痛みに苛まれ続ける。それどころか、この世はさらに追い打ちをかけてくるものだ。


 だからこそ、夕立は凪に救いの手など差し伸べない。そんなことをしては、凪だけが幸福になってしまう。そんなものは不公平だ。


(お前は不幸なまま、不幸な私に縋っていればいいの)


 苦みの中から、わずかな甘みを探す虫のように、表面上の優しさに縋っていればいい。


 ようやく同じ穴に落ちてきた凪を、夕立は歓迎した。


(友達になりましょう)



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