第29話 お前も不幸になれ
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男の腕に包まれるのには、慣れている。
むせ返る夏の夜にうなされながら、我が身を包む慈愛に身を任せた。
否……慈愛というには、この抱擁は乱暴だ。
がむしゃらに愛を求めるさまは、藁をもつかむ溺れ人に似ている。その余裕のない様に、夕立はどこか好感を持っていた。
(かわいそうな子)
たくましい半裸に巻かれた布には、銃痕の血が滲んでいる。
その傷以上に、凪の心についた傷は深いようだった。
これまで大人ぶって、へらへらと兄のようにふるまっていた凪が、これほどに取り乱している姿には、心地よい安堵を感じる。
凪が痛みに苦しんでいるのを見ると、夕立の胸に沈む苦痛はやわらいだ。
同じように不幸な人間の姿は、見ていて悪くない。凪が苦しんでいるおかげで、夕立は、この世で自分だけが不幸なのだと思わずに済む。
凪を抱きしめたのは、その苦痛に共感したからだった。
だが、救う気などはさらさらない。
(お前は私と同じ、救われない人間)
凪と同じような———いいや、凪以上の苦痛が、夕立にもある。
どれほど足掻いても、失ったものが戻ることはなく、生涯その喪失感と、傷の痛みに苛まれ続ける。それどころか、この世はさらに追い打ちをかけてくるものだ。
だからこそ、夕立は凪に救いの手など差し伸べない。そんなことをしては、凪だけが幸福になってしまう。そんなものは不公平だ。
(お前は不幸なまま、不幸な私に縋っていればいいの)
苦みの中から、わずかな甘みを探す虫のように、表面上の優しさに縋っていればいい。
ようやく同じ穴に落ちてきた凪を、夕立は歓迎した。
(友達になりましょう)
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