第25話 肉の盾



 鉄砲の本体を見たことはあっても、凪には、鉄砲の威力がどれほどのものかを知らない。


 銃口の向きを見て、凪はとっさに鞘を構えるが、


「あづッ!」


 鞘を打ち抜いた弾丸が、そのまま肩を貫いた。


 銃弾の勢いに押されるまま、長身が床に倒れる。だが、気を失うまでには至らず、凪は震える脚でとっさに立ち上がっていた


(痛い……それに熱い!)


 あまりの激痛に視界がくらむ。


 まるで焼き石を押し付けられたような痛みだ。痛みから流れた汗が顎を伝い、幾粒と床に滴り落ちた。


 振り返ると、凪の肩を撃ち抜いた弾丸が、木の格子に深く食い込んでいる。鞘と屈強な肩を貫いてなお、木の格子にのめり込むだけの威力に、凪は愕然とした。


 こんなに恐ろしいものを使われては、刀でさえ太刀打ちできない。


「動くな」


 新しい鉄砲を構えて、小狂が命じる。


「俺でも、この鉄砲の扱いにはさほど長けておらん。貴様が動けば、後ろの奴隷どもに当たるやもしれんぞ」


 脅した。


(どこまで汚い野郎だ)


 唇を噛む凪であった。


 今のように、鉄砲弾が運よく格子戸にあたってくれるとも限らない。動いて照準が定まらなければ、刀を持たされている奴隷に流れ弾が当たるかもしれない。


(俺が撃たれるしかないのか)


 凪は早まる呼吸を整えて、思考する。


 小狂は最初に発砲してから、新しい鉄砲に取り換えている。発砲は一度ずつしかできないのか、次の発射までに準備が必要と見えた。


 狙うのなら、発砲した直後の無防備な隙だ。


 銃弾から急所を外せば、勝機はあるとみえる。


「……」


 足元に視線を落とし、観念した。

 両手を山なりに開き、手にしていた鞘を棄てる。


「ふん」


 ついに凪が諦めたと思ったらしい。


 導火線に弾ける火を横目に、引き金に手をかけた。


 刹那、


「!」


 銃声とともに小狂の眼が見開かれた。


 間一髪の瞬間に、凪が銃弾の軌道を見切り、体をわずかに逸らしたのである。


「ぐっ」


 銃弾が凪の脇腹をえぐる。だが、岩のように屈強な筋肉が、銃弾を受け止めて停止させる。


 凪は奥歯で痛みをかみ殺すや、唖然とする奴隷や浪人を踏み倒して小狂の元までたどり着いた。


「おおらッ!」


 大喝とともに放たれた拳が、小狂の鼻を砕く。


「ぶッ」


 折れた前歯と鼻の血を散らしながら、小狂の体が庭へと吹き飛んだ。


 小狂の倒れ込んだ場所まで歩み詰めると、そのかすんだ眼に、怒りと緊迫が浮かんでいる。


 だが、凪は隙を与えない。

 その首を掴み上げるなり、力を込めた。


「今から、お前の首を折る」


 宣告した。


 小狂の口から、命乞いの言葉はない。その代わりに、凪をさげすむ凄絶な眼差しと、激しく噛み鳴らす歯の音が返ってくる。


「くく……」


 そして、笑った。


「俺を殺して、一件落着すると思うか……」


 小狂の言葉と同時に、引き金を引く金属音が、凪の背後で立つ。


 とっさに、凪が小狂の体を持ち上げて盾にすると、その頭に穴が開く。


 浪人どもが持ってきた鉄砲を構え、あろうことか、主人である小狂めがけて発砲したのだ。


「殺せ!」


 浪人どもの目が血走っている。


 脳天を撃ち抜かれて事切れた、小狂の体を盾にしながら、凪は息を飲んだ。この浪人たちは忠義で従っているのではない。だから、主人が死んだところで、その代わりに自分たちで奴隷を横取りすればよいと考えているのだ。


 瞬間、浪人の太い首筋が血を噴くのが見えた。


「お夕さん!」


 凪は声を上げる。


 どこからともなく現れた夕立が、浪人どもの首を斬り伏せている。


「ふッ」


 わずかな息遣いが漏れるたび、浪人の体が血を噴いて倒れてゆく。


 十人はいた浪人が瞬く間に伏し、後には刀を持ったまま震える奴隷だけが残った。


「親玉は?ここを仕切っている男はどこです?」


 夕立が珍しく、刀の血脂を払いもせず、凪に食って掛かった。


 見たこともない焦りようだった。


 凪が改めて小狂の体に目をやると、その男の体はすでに蜂の巣であった。


「……死んだ」


 その無惨な死に様に慄然とする傍ら、


(この男は死んでしかるべき)


 と、自らを納得させたうえで、凪は静かに告げた。


 緊迫していた夕立の顔は、徐々にしぼんだ。安息をつき、肩の力を抜いてようやく、


「……そうですか」


 その刀から滴る鮮血を振り払った。


 刀を鞘に納めるその手は、心なしか、震えているように見える。


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