第21話 啓示
*
『どうか、どうか許して……なんでもしますから……』
自分の頭上にそびえたつ長身に頭を垂れ、必死に命を乞うたことがある。
きっと、殴られると思った。斬られる危険さえ予知していた。
だが、頭上の長身は膝をつくと、
『ならば、俺の弟子になるか』
と、なんの弟子かもわからないまま、夕立は頭を垂れて、泣きながら必死に頷いたことがある。
(馬鹿な子)
胸やけのするような正義感に走った凪の姿を、夕立は目で追いつつ軽蔑していた。
救われない人間など、この世には掃いて捨てるほどいる。夕立もまた、恩師の弟子となるまでは、どれほど救いを求めても足蹴にされるばかりの人生だった。
だから、人に見捨てられるたび、自分も救いを乞われた時に見捨てるつもりでいた。見捨てることがこの世の是であり、少なからず、被害に遭うほうにも非があるに違いない、と。
「……っ」
我が腕を抱いて、唇を噛んだ。
自分が非情なことをしているなど、分かっている。
それが世の常であることも知っている。
それなのに、迷いなく救いに走った凪の姿が、自分を批判しているように見えた。体の底から汚れが湧いて出るような、劣等感があった。
(知らない、私に関係あることじゃない)
そういうことにしようと思った。
男はすぐに嘘を吐く。たとえその時は、心から救う気でいようと、敵の強さが分かればすぐに尻尾をまく。この世で唯一、信用できる男は恩師だけだ。
だから、女の自分が介入する必要などない。そもそも夕立は、恩師の仇討さえできればいいのだから、凪の目的に付き合う必要はないのだ。
(でも……)
夕立の脳裏からは、凪の面影が消えない。
かつて、眠れなかった夕立を案じて抱き上げた時、凪の手からは言いしがたい温かな愛情のような熱が伝わってきた。なんの下心もない、慈愛の熱だった。
その時、
『夕立、助けてやれ。きっと良い子だ』
恩師の、渋みのある声が背を突き刺したように聞こえた。
否。きっとこの声は、夕立の底にある心が言ったに違いない。
ただ、まるで恩師に命じられているようで、夕立は分かっていても心がほどけた。
(私のばか)
どう考えても無駄でしかないことに手を貸すなど、ありえない。
しかし、凪を放っておけば、このまま死んでしまうような不安があった。
夕立は自分の手をつねりながら、凪の通った後を追っていった。
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