第15話 奇襲 《かくれんぼ大作戦》

 *


 それまでは息をひそめていた虫たちが、日暮れを境に細々と謡いはじめた。


(いくら何でも、警戒が過ぎるぜ)


 外側からつっかえ棒が立てかけられ、内側からは開かない押し入れの中で、凪は横たわっていた。


『男が隣にいちゃ寝られたもんじゃないので、押し入れで寝てください』


 夕立に命じられ、仕方なく、薄い布団を押し入れに敷いて寝た。


 だが、凪の長身にとって、押し入れは狭すぎる。


 凪は不満をため息に乗せて吐き出しながら、膝を曲げて体を小さくした。


「はあ、人肌恋しい……」


 呟いた。


 それまでは、子供らと集まって寝ていたから、寒さに苦しんだことがない。だが、こうして一人で眠ってみると、夏とはいえ肌寒い風が心地悪かった。


 温まりたい願望ゆえか、次第に床が温かくなってきた。


 ついに幻覚が体にまで影響してきたか———。


 いよいよ、隣に寝かせてくれと夕立に懇願を決意したところで、鋭い煙臭が鼻腔を突き刺した。


「!」


 飛び起きる。


 床に手を当ててみると、やはり温かい。


 だが、その隙間から、細々と煙柱が立っているのが見えた。


(下が燃えていやがる!)


 たまらず腰を抜かしたところで、押し入れの襖が開け放たれた。


 その先には、すでに帯刀し、身ぐるみをすべて着けた夕立が屹立している。


「とっとと逃げましょう。どうやら、下が火事みたいなんで」


 危機的状況であっても、夕立の声色は冷静を欠かない。


 凪は言われるままに立ち上がると、階段へ躍り出た。


 が、


「うわっ!」


 襤褸の木でつくられていた階段梯子は、すでに火で焼け落ちている。


 そのうえ、凄まじい黒煙が、凪の立つ二階まで登ってきた。


「げほ」


 熱と煙に、たまらず咳き込む。


 二階からは降りられないと判断し、すぐさま障子窓に手をかけた。


(窓からなら逃げられるッ)


 いまに障子戸を開けようとした凪の手を、夕立が勢いよく押さえる。


「いま、出たら死にますよ」


「なんだって?」


「そっと開けて、下を御覧なさい」


 夕立は着物の袂で口を隠しながら、障子戸の外を指さした。


 障子戸の隙間から外を覗いてみたが、人の姿はない。町の外れにあるうえ、真夜中だからだろう。


「誰もいないぜ」


「木の影に、人がいるでしょう。いま出て行ったら、落ちたところを狙われます」


「狙う、って……」


 夕立は、この火事が火の不始末でなく、放火によるものと断言する口ぶりだ。


 たしかに、周りの木の影をよく見ていると、人のようなものが隠れているのが見て取れる。


「本当だ」


「火の不始末で燃えてるなら、火に気づいて誰かしら外に逃げてますよ。でも、誰も逃げていません。思うに、下の階にいる人たちは皆殺しでしょう」


「だが、なんで俺たちは無事なんだ」


「知りませんよ。それよりも、いまは脱出するのが先です」


 特異体質の夕立とはいえ、押し寄せる煙と熱は苦しいらしい。物静かだった表情が、苦しみに歪んでいた。


(どうすればいい)


 凪も考えた。


 外に出て本当に襲われるのなら、生身で外に飛び出すわけにはいかない。


(そういえば)


 生死の境に立ったためなのか、火事場に関わらず、凪の脳裏には平穏であった日のささやかな記憶がよみがえった。


 子供らと隠れ遊びをしていたとき、誰かが、布団の中にものを詰め込んで、『布団に隠れている』と見せかけたことがあった。夕方で視界も暗かったためか、本当に布団にもぐったのだと勘違いしたことを覚えている。


「これだ」


 凪は閃いた。


 布団をもぎ取るや、部屋の隅に隠し摘まれたゴミや、飾りの掛け軸を布団に押し込んだ。


「お夕さん、俺に考えがあるぜ」


「何をするんです?」


「《かくれんぼ大作戦》だ」


 凪は自信満々に言い放ったものの、大きく息を吸ったせいで、苦い煙で咳き込む。


 毒煙に喉を傷めながら、夕立の肩を掴んだ。


「なんでもいい。ありったけのモノを布団の中に押し込んでくれ」



 *

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