第14話 清州(きよす)


 *


 ようやっとのことで清州までたどり着くと、すでに日が暮れていた。幸いにも、清州には大きな町があって、宿場も見つけられる。凪は桔梗にもらった路銀と相談をして、町の隅にたたずむさびれた宿を借りた。


 それも、女将の仕事を手伝うことで、宿代を減らしてもらう条件まで付けて。


「こんなちんけな宿でも金をけちるなんて、あんた、そんなに金あらへんの」


 凪に竈をたかせながら、くつろぐ女将は言う。


 金がないのではない。


 だが、それまで貧乏生活をしていた名残からか、金が尽きることには敏感だ。旅の途中に思わぬ出費があるかもしれないし、路銀はできるだけ温存しておきたかった。


 言ってしまえばケチ、節約家なのである。


 井戸の水くみから掃除、料理や風呂焚き、もれなく女将の肩たたきまでした。宿代を巻けてもらうには値する。


 凪は女将から、関西では馴染みのない茶色い味噌汁を飲ませてもらい、くたくたに疲れた体で宿部屋へ帰った。


「おや」


 穴の開いた襖の先には、目を覚ました夕立が厳格に座している。


 目元のクマも薄くなって、どことなくすっきりとした面立ちだった。


「おはよう。よく眠れたか?」


「ええ。というか、あなたはどこに行っていたんですか」


「ちょいと、女将さんの下働きをな。宿代をまけてもらったんだ」


「ケチですね」


 夕立の正直には棘がある。


 凪がもらった路銀は一人分なのだから、夕立を連れていれば二倍に金がかかるのは当然だ。金を渋りたくもなる。


 だが、それを言ってしまっては、夕立に悪い思いをさせるのは想像がつく。


 凪は口をつぐんだ。


「———育ちが貧乏だからさ、ケチは性分なんだ」


 そういうことにしておいた。


「貧乏?」


 夕立が眉根を潜めた。


「あの万晴という男は、そこそこ小綺麗な身なりをしていると聞きました。ちょっとはいい家柄なんでしょう。なぜ、弟のあなたが貧乏なのですか」


「俺が小さいときに、母親が俺を連れて家出したんだ。それで、その日暮らしの生活さ」


 凪は真実を告げながらも、万晴の育った家の暮らしぶりに想いを馳せた。


 万晴自体も育ちのよさそうな美しい容貌であったし、きっと、毎日食べていけるだけの生活はできていたのだろう。


 母は、そんな羨ましい生活を手放してまで、凪を逃がしてくれたのだ。


「……母親を置いてきて、大丈夫だったんですか」


 夕立の声が、心なしか沈んだ。


「もう、ずっと前に死んだ。貧乏暮らしだから、珍しいことじゃないけどな」


 凪は、母の名誉のために、言葉を選んだ。


 家を出るまで働いたことのない母だが、なぜか、凪に飯を食わせるだけの金があった。


 ———だが、年がたつうちに、母の顔には毒々しい斑紋が広がり、しまいには鼻が落ちた。こういう病気にかかる原因のほとんどが、にあることは、凪も知っている。


 知っていたから、なぜ死んだのかは伏せておいた。


「———そうですか」


 夕立は何の反応も示さなかった。


「まあ、そうと分かって安心しました。あの万晴とかいう男を殺したとき、身内から報復されちゃあ、たまったものじゃありませんからね」


 それほどに大きな恨みがあるのか、夕立は心の底から、万晴を殺すつもりらしい。


「あのさ、お夕さん。なんで万晴を狙うんだ?差支えなきゃ、知りたいんだが……」


「あなたの動機と、似たような理由ですよ」


 夕立は肩を抱いて吐き捨てた。


「私には生前、ともに旅をしていたお方がいらっしゃいました。ですが、誰かが墓を荒らし、私の隣に埋められていた、そのお方の骨を持ち去った。その恨みですよ」


「骨……?」


「ええ、喉の骨です。何のために持ち去ったかは知らないですが……墓荒らしのうえ骨を持っていくなど許せない」


 夕立の憎悪は本物だ。


 何しろ、せっかく安眠して薄くなっていた顔の影が、再び深い闇をはらんでいる。それほど、骨を盗られたことを根に持っているのだろう。


(お夕さんは骨にならなかったのか)


 凪には、夕立の動機より、特異な体質に気がそれた。


 近い墓に入っていたということは、同じ時に死んだのであろう。だが、桔梗いわく、夕立は肉も髪もすべて残った状態で見つけたという。白骨化していないのが不思議だ。


『神仏の思し召しか、この世には、歴史上そういった特異な人間が、稀に生まれるものでございます。夕立という少女も、きっとその一人だったのでしょう』


 桔梗はそう語っていた。


 陰陽術といい、夕立といい、この世は奇怪なことが多すぎる。


(それにしても……お夕さんにそこまで思われるとは)


 この非情な女の子に、そこまで大切にされるとは、いったいどのような人物だろうか。


 *


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