繋話 【魂の殺人】


 *


『今夜、この花をお前の元へ届けてやろう。だから、今夜は鍵を開けておくんだぞ』


 目の前で、花を手向けられたことがある。


 人よりいささか男前の青年で、それまで夕立が見たことのない種類の人間だったと言える。なにしろ、周囲には親がその知人しかいないものだから、若者というものを知らなかった。


 ゆえに、夕立にとってその若者は新鮮で、興味深かった。


 そして、男前でもあったから、それまで覚えたことのない、ある種の好奇心や好意とか会いうものもあった。


 

(だめ……)



 夢から覚めぬまま、夕立は祈った。


 その男の整った顔の下には、この世の何よりおぞましい心がある。


 それに気が付かぬまま、わくわくと自室の鍵を開けようとしている、自身の記憶へ、夕立は乞うた。


(そのカギを開けないで!)


 記憶の中の夕立は、鍵を開けた。


 戸口の奥からは、無数の手が伸びてくる。

 血にまみれた手だ。


 それが全身の肉を掴み、闇の奥へと引きずり込もうとする。


 悲鳴を上げた。


 やめろ。

 離せ。

 触るな。


 どれほど甲高く命じようと、月のもののように赤黒い血に濡れた手は止まらない。


 体を掴む手の奥から、男の笑声がこぼれてきた。


 どれほどの時が流れようと、決して忘れることのできない陰惨な微笑みだ。


「殺してやる!!」


 自分を包むおぞましい手と、その奥で卑劣に笑う青年に向けて叫んだ。


 忘れたことはない。


 いつだって、この痛みも、この心の寂しさも、いつか殺意に変えてやる。


 *


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