第9話:夕立という女(3)(※不適切発言あり)



「———誰です?」


 椿花に似た、分厚い小さな唇が問うてきた。


「おれは、凪。大阪から……」


 凪の返答を、夕立はそれ以上聞かなかった。


 血の止んだ野盗の懐をあさると、それぞれの銭巾着を根こそぎ取り上げている。


「なにを、してるんだ」


 唖然とした凪に、夕立は一瞥をくれる。


『見てわかりませんか』


 と、眼差しが冷然と告げている。


「お金を取ってるんですよ。死人にはいらないでしょう」


「死人って……」


 そもそも、この野盗たちが死んでいるのは、夕立が殺したせいではないか。


 凪が言わずとも、心にそう思っているのが、夕立にも伝わったのだろう。切りそろえられた前髪の奥で、嫌悪的に眉が顰められた。


「言っておきますけど、あなたにどうこう言う権限はありませんからね。私は貴方が出てくる前から、この野盗を狙っていたのですから」


「俺が来る前、だと?」


 凪は復唱すると、その恐ろしい計画を知る。知って、いかな好みの女とは言え激情を覚えた。


 要するにこの女、


「まさか……夫婦が狙われてるのも、黙ってみてたのかよ」


 聞くと、夕立は否定をしなかった。


 できなかった、とも、ごめんともいわない。


 眉ひとつ動かさないまま、軽蔑の視線を向けると、


「その夫婦を助けて、私になにか得でもあるんですか?」


 そういった。


「むしろ、そこの夫婦が殺されたうえで、野盗も殺せば、二組分の金銭が手に入って一石二鳥でしょう。分かります?」


「は……?」


 凪は開いた口がふさがらなかった。


 言っていることは分かる。だが、どれほど良心を捨てれば、そのような答えに行きつくのかがわからない。野盗を殺せる自信があるのなら、それこそ、夫婦を助けてやろうと思い立つのが、人として当然の心ではないのか。


「……この女の腹には、もうすぐ生まれる子供もいるんだ。それも知っていて、どうでもよくて、見捨てようと思ったのか」


 声を押さえながら、問う。


 必要があるなら、戦わねばならぬと思っていた。


 ———なぜなら、先ほどから夕立の冷たい視線が、後ろの夫婦を狙っているからだ。


「このへん、野盗が出るってのは有名な話ですよね」


「それが、どうしたんだよ」


「そんな道を夜に歩くなんて、煽っているとしか思えません。……、この道を歩いたのではないですか?」


 非情な言葉とともに、夕立の姿が消えた。


 刹那、すぐ真下で羽風が鳴る。


 ひょうと風を切るや、夕立の刃が飛んだ。


「っ」


 弧を描く一閃が走る前に、大きく一歩退く。


 外れた刃が凪の頬に届き、その表皮を切り裂いた。


「いたっ!」


 かっと頬が熱くなった。


 夕立の目が、慌てて逃げる夫婦をとらえるのが見える。


 とっさに、凪は夫婦に気を取られている夕立の胴へ抱き入った。


「!」


 大きな荷車でもぶつかったような衝撃で、驚愕の呼吸が夕立から聞こえる。


 瞬間、背中が鋭く冷える。真上に刀身の気配が迫っていた。


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