第7話:夕立という女(1)


 *


 肩まで伸ばした黒髪に、どこにでもいそうな影の薄い童顔、凪の胸までしか届かない小柄。そして、桔梗の屋敷からとっさに奪っていったという黒い羽織。


 それが、夕立という少女の容貌だという。


『夕立に会う時はお気をつけなさいませ。小さな体格ですが、素早く、人斬りにも迷いがありません。わたくしも、初めて蘇らせたときに致命傷を負いました……くれぐれも、怒りには触れぬよう』


 桔梗の話を聞きながら、凪は心底では震え上がっていた。


(そんな怖い女の子を、仲間にしなきゃならんのか……)


 桔梗が何をしでかして逆鱗に触れたのかは、教えてもらえなかった。だが、要するにその『夕立』という女の子はとても短気で、怒らせれば殺しも厭わないらしい。



 大垣城の城下町は四方八方が人で賑わい、川に沿って店屋台が長蛇の列をなしていた。


「あれ、旅人さんかね」


「長旅はえらかったやろで、うちによってきゃーさ」


「なあに、あそこの飯盛はドブスしかおらんでかんわ」


「どたーけが、人の商売の邪魔しとらんで、別の客引いてきゃあ」


 普通の男より図抜けて大柄な凪は、歩いているだけでも目立つ。しかも旅人姿とみて、宿屋の女将やら主人がやたらと声をかけてくる。


 大阪では聞きなれない尾張混じりの訛りと、予想を超える人の多さに、凪は目が回りそうになった。


 先の関ヶ原合戦で、美濃の国は一部が火の海だったと聞いたことがあるが、市街地での害は少なかったらしい。


 やっとのことで気が休まったのは、川岸に舟を止めていた舟頭に、腰かけを貸してもらった時のことである。


「へえ、お兄さん大阪から来たんけ。いま、町のほうはどこも消し炭らしいやん。よう逃げてきたわ」


「ええ、まあ……ところで、おじさんはよくこのへんを歩かれるんで?」


「舟漕ぎだで、この川一帯から町のそばまでならよう歩くけど」


「髪の毛を肩まで伸ばしていて、男物の羽織を着た女の子を知らないかい?夕立という子で……俺の胸くらいの小さな女の子らしいんだが」


「やあ、知らんな。もっと向こうのほうにいっとらへんか」


「むこう、っていうと?」


「お兄さん、どこの道からきたけえ」


「ええと、京の都から関ヶ原を迂回して、大垣まで」


「やったら、岐阜とか関とかにいっとるかもしれんな」


 その後、大垣から岐阜を目指して歩いたが、やはり、桔梗の言っていた『夕立』なる少女の居所はつかめない。


 唯一、手にした情報といえば、通りかかった村の瓜百姓の証言のみ。


「おお、そういえば、そんな女の子おったな」


「どこで見かけたとか、覚えてるかい」


「滅多に見かける恰好じゃないでねえ。『このへんで体を食われたものはいなかったか?』なんて不気味なことを聞いてきたわ。そのあとで、岐阜のほうに歩いてった」


 天下人の献上品ともされる高級瓜を籠いっぱいに積んだまま、瓜百姓は教えてくれた。


(万晴を探している……?)


 万晴は、自分の劣る部分を他人から奪うと聞いた。夕立も、凪と同じような事情があって、あの男を探しているのかもしれない。


「ありがとう、おじさん。忙しいのにごめんな」


「おお、待ちやー。まだこっから先は平野やで、当分歩かなあかん。真桑瓜、もってきゃー」


「いけないぜ。だってそれ、高いやつじゃねえか」


「こんな形の悪いもん、売り物にもならせんわ。水の代わりにやるで」


「ありがとう」


 どうやら、凪には人に好かれる良き縁でもあるらしい。瓜百姓の言った通り、凪は岐阜城下につくまでの間、炎天下を瓜の甘い果汁でしのぐこととなった。



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