第2話 ちょっと生々しい? 仕方ないじゃない娼婦なんだから
「そう、やはり国王と王妃なのね」
「僕たちは魔王に囚われた姫様を助け出してくれと。救い出してくれたら報酬は望みのまま出すとまで頼まれて……」
目を瞑り、その時の状況を頭の中で想像する。
あの王と王妃の事だから、人の良さそうな勇者様ご一行を体良く利用することを思いついたのだろう。外面だけ見ればあの二人は立派な国の代表なのだろうが、表の顔を外せば不正や悪事のオンパレード。
中でも一番ひどいのが王都の周りにある街や村で騙し取り立て、若い女性を集めては無理やり娼婦に仕立て上げる悪の親玉。そしてこの事実に気づき、不正を暴こうと立ち回り命を落としてしまった両親の憎っくき敵。
「それじゃ尋ねるけれど、私はここへ来てからもう6年になるわ。城から行方不明になったのはさらにその1年前。それがなぜ今頃助け出してくれと言ってくるのかしら?」
これでも私は二児の母だ。両親を目の前で殺され、そのまま娼婦へと売られて行ったのが16歳を迎えた夏の夜。その翌年にディメオラに助け出されてから6年も経つのに、今更救い出してくれとはおかしな話であろう。
「そ、それは……」
「お、お姫様の居場所が今まで分からなかっただけではないのですか? それに姫様がつけておられるその首飾り。それは姫様を捕えておくための首輪じゃないのですか?」
私の問いかけに言葉を詰まらせる勇者様に変わって、隣にいた少女が声をあげる。
自分たちに都合がいいからといって、周りから勇者様勇者様ともてはやされて来た者にとって、自分の考えや行動に矛盾を突きつけられれば、さぞ心の中は戸惑ってはいる事だろう。
それに引き換え隣の少女は自分の意思をしっかりと持った正き人間なのだろうが、私に言わせれば醜い世界を知らない無知な小娘。それでも自称勇者様と比べれば、まだ成長した後の未来は明るいだろう。
「残念だけどそれはないわね。今貴女が指摘したこの首輪は王妃が直接私に付けたものよ。姫であった私を娼婦へと落とすためにね。しってる? この首輪は奴隷の首輪と言うそうよ」
あの日あの事は忘れようとしても忘れられない。当時
自慢じゃないが私は自分の容姿にそれなりの自信はある。今じゃこんなひねくれた性格に育ってしまったが、当時の私は何も知らない純粋無垢な可愛い少女だっのだ。(私のことよ!)
そんな私は近隣諸侯や国内の貴族たちからも評判で、毎日見合い話や息子の嫁にといった話が後を絶たなかった。
そんな私を両親と共に殺すのはもったいないとでも思ったのだろう。国民向けには両親が謀反を企て騎士たちとの斬り合いの末死亡、娘の私は自害したと発表され人知れず王が管轄する娼館へとつれていかれた。
これは後で知ったのだが、貴族の男どもは私の体を目当てにこの事実を握り潰したのだという。私が『姫だ』『助けて』と何度叫んでも、だれも救いの手を差し伸べてくなかったのは、全員が私の素性を知りその上で私の体が目的だったとうわけだ。
「そ、そんな……あの優しそうな王妃様が……」
私の生い立ちを知った少女は震えながらその場で崩れ落ちる。
なんども言うが、あの王と王妃は外づらだけは民想いの良き国王なのだろう。逆を言えば、その表の顔がなければ国民も現在進行形で騙され続けてはいないはず。
だがこれが現実なのだ。
「言っておくけれど、私を買いに来たのは腐った貴族たちばかりじゃないわよ。あの国の王都民は薄々気づいているんじゃないかしら? 王たちが裏で悪事を働いていることや、近隣の街や村から無垢な少女たちを集めていることを」
「まさか、そんなことは……」
おかしいと思ったんだ。私が娼婦として働かされていたのが街の外れとはいえ、そこもれっきとした王都の中。私はそれなりに有名な姫だったので、国民に顔も知れ渡っている。それなのにやってくる男どもは日に日に増えつづけ、1日に何人もの男の相手をさせられたことなんてザラにあったのだ。いくら貴族と名乗る者たちが多いとはいえ、これほどの数がいるとも思えない。
どうやら王は国民に莫大な資金を投入し、娯楽や豊かな生活を送らせることによって無理やり共犯者に仕立てようとした。王からすればその方が多くの金がまわるし、自身へと入る税収も増える。おまけに裏ではやりたい放題で、死んだとされている私を抱くこともできる。
そして近隣の街や村には重い税金や徴収をかけ、自分たちは選ばれた人間なのだという世界を作り上げた。
これがもし個人個人ならなこんなやり方は間違っていると言い出す者もいるだろうが、一度集団の中にいるとおいそれとは言い出せず、ズルズルと甘い汁を味わい、周りの人もやっているんだからと次第に悪という意識が抜けていく。
そう思えば私を抱かすことによって抜け出せない状況を作り上げた王は、そうとう頭が切れる者なのだろう。
別に私は娼婦という存在を全否定するつもりは全くない。それを仕事とし、生活をしている女性だっているのだろう。だがこの国の娼婦は無理やり借金を作らせ騙し誘拐し、集められてきた純粋無垢の少女たちだ。しかも給金はおろか休みや健康の配慮もなったくなく、時には薬物を使って無理やり男どもに抱かさせている。だから私は……
「この首輪はね、付けた本人だけに首輪を付けた者の居場所がわかる魔法がかけられているの。しかも付けられた者の生死までわかるようにね。つまり王妃にとって私の場所も生死も分かっているのにいままで放置し続けてきた。どうしてだかわかる?」
私はスヤスヤと眠る我が子を抱きながら首を横へと振る勇者様ご一行を眺める。
「王妃にすれば私は重大な秘密を知る生き証人。もし他国に亡命などしようものならこれを機に国を乗っ取ろうとする者が出てくるとも限らない。だけど私が今いるのは魔族の国で、王妃たちからすれば手を出すことが出来ずにいる。へたに暗殺者でも送ってみようものならどんな仕返しがくるともわからないからね。
そんな時に人の良さそうな貴方達がやって来た、といったところじゃないかしら? 勇者が魔王討伐に出るのは別段変な話じゃないからね」
そんな爆弾のような存在の私はさぞ彼らにとっては邪魔な人間だったのだろう。本来ならばディメオラに頼めばこんな首輪程度簡単にはずせるのだが、私はあえて王妃達を挑発するために今もこの首輪を嵌め続けている。私はここにいる、いつでも貴女達の秘密を暴露できるんだぞ、と。
だがそんな傍観も彼らにとって見過ごす事が出来ない事件が起こる。
私が働かされていた娼婦の館は、たまたま興味本位で立ち寄ったディメオラによって壊滅させられた。その時に私や後ろに控えるアンナやリリアも助けられたわけだが、彼らは懲りずに第二第三の娼婦の館を作り続けていた。時には人目を隠すように使われなくなった屋敷を利用したり、動物の見世物小屋を一歩奧へとはいったら、裸の少女達が檻や鎖に繋がれているというのもあった。
私は私と同じ環境に追いやられた少女達を救うべく、ディメオラにお願いして娼婦の館を壊滅しし続けてきた。
彼らにとって莫大な資金が入る金の木を、ことごとく作る度に潰されていているのだ。しかも裏でやっていることは表立っては言えず、王都に魔王や魔族が潜入していることも言えずにだ。
一度この館が燃えたのは魔王軍のせいだ! と騒ぎ出した貴族もいたのだが、それはただ国民に恐怖を与えるだけで、すぐに誤った情報だったと国から告知がでていたものだ。
もうお分かりであろう。魔族が王都へ潜入されたなどという不名誉な事実は、国のトップににとっては自らの地盤を揺るがしかねない大事件だ。しかも実は私が生きており、これは全部言われのない復讐だななどと言いふらせば、嘗て私を抱いたことのある国民達は次は自分たちの番だと怯え騒ぎ出すだろう。
私や無垢な少女達を抱いたことのある男どもは、殺されても当然のことをしてきたのだから。
「う、嘘だ。姫様は魔王に洗脳されているんだ! 僕たちは騙されないぞ!」
「だったら尋ねるけれど、この街の住人を見て何とも思わなかった? あなた達の事だから無駄な戦いは避けるべきだとかもっともらしい理由をつけて、この城までやってきたんじゃない?」
「うっ、それは……」
この城の城下街は人と魔族が暮らす夢の街。当然そこにはありふれた生活があり、魔族と人間の混血児も多く存在している。しかも人間の比率は明らかに女性が多く、そのほとんどが年若い少女達だ。
勇者様達もまさか少女達を傷つけるわけにもいかず、魔族と楽しそうに歓談やショッピングを頼む姿を見れば戦うという意思は芽生えないだろう。
つまり、魔族という名を隠せば何処にでもある街の一風景でしかないのだ。
それにこの城には門番という仕事は存在しない。もし今回のように自称勇者様が魔王討伐にとやってくれば、間違いなく門番との戦いが始まってしまうだろう。門番がいくら止めようとしても、勇者様からすればそれは魔王を守っている第一の関門程度しかないのだ。
そんな無益な戦いで善良な魔族を失いたくないし、何も知らない自称勇者様ご一行を恨みたくもない。魔王でもあるディメオラを、そう簡単に殺せるわけもないしね。
だからこの城には門番という仕事は存在しないのだ。
「で、でも……。魔族が街を燃やしたり、人間を殺したのは間違いのない事実でしょ!」
「そ、そうだ! 国民には伝えていないが、何人もの人間が魔族や魔王によって殺されたんだと聞いてるんだぞ!」
「言ったでしょ、ディメオラが燃やしたのは国王達が作った娼婦の館。それに死んだって言っても死んで当然というべき人間だけよ。
知らないでしょ、彼らのせいで何人もの無垢な少女達が舌を噛み、手首を切って死んでいったか。
貴方達はそんな彼女達の死に目をつむり、悪事を働いている人間や少女を買いに来た男達の死だけが悪い口にする。それが勇者のすることかしら?
そんなに信じられないというのなら、私がどれだけ人間の男を相手にしてきたか教えてあげましょうか? 100人や200人じゃきかないわよ」
思い出したくもないあの忌々しい過去の思い出。この奴隷の首と逃げられないように常に鎖つながれているだけの日々を。来る日も来る日も入れ替わりやってくる男達を、私は休む暇もなく相手をさせ続けられていた。ただ復讐という想いを糧に生き続けてきたのだ。
唯一の救いは奴隷商に無理やり飲まされた避妊薬のおかけで見知らぬ男達の子供は出来なかたっが、これに感謝するつもりは全くない。向こうにしてみれば妊娠して稼ぎが減るのが困るために飲ませているだけであって、そこに良心や道徳という言葉一切ないのだから。
「証拠は……王様達が嘘を言っている証拠は何処にあるんだ」
「はぁ……、これだけ言ってもまだ自分が正しいと思っているのね」
彼らにしてみれば勇者という立場に囚われてしまっているのだろうが、こちらからすればこれほど厄介な存在はない。
「そうね、だったらウェッジウッドに戻って城の南棟へ行ってみなさい。昔と変わっていなければそこに地下に捕まえてきた少女達が囚われているわ」
あそこは普段から人気が少なく、城外へのコンタクトも比較的容易な場所。しかもお城には魔族よけの結界が貼られているので、人間・魔族ともにそう簡単には手が出せない。
だが逆を言えば警備は手薄で、自称勇者様達がこっそりと忍び込むのもさほど難しくはないだろう。
「わかった、南棟の地下だな。もし僕たちを騙していたなら……」
「良いわよ。その時は私をあなた達の好きになさい。だけどこれだけは約束して。もしそこに少女達が囚われていても救い出そうなんて思わないでちょうだい」
「な、なんでだよ。囚われているんなら救い出すのが勇者だろうが」
「バカな真似はよしなさい。一人二人ならともかく、何人もの弱った少女達を同時に救い出せるわけがないでしょ。あそこは城のに張られた結界のせいで、ディメオラでも救い出せないのよ。そんな場所であなた達自称勇者が助け出せるわけがないじゃない」
「……」
残酷かもしれないがこれが現実だ。それに無理やり救い出せたとしても第二第三の場所へと移るだけで、なんの解決に繋がらない。
ただ結界の壊し方は知っているが、それをわざわざ勇者様ご一行に言うつもりは今の私にはない。
こうして自称勇者様達はなんの収穫もなくウェッジウッドへと帰って行った。
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