第3話 え、聖女様? いえ魔王様のお嫁さんです

 数日後、ウェッジウッド王国城下街。

「くそ離せ! 俺たちが何したっていうんだよ!」

 自称勇者様ご一行。いや既に彼らは勇者ではなく国を魔王へと売り渡した売国者。その死刑を見ようと多くの国民達が広場に集まっている。


「黙れこの魔王軍め、良くも我らを騙してくれたな!」

「違う! お前達はだまさ、むぐっ、むぅーー」

 騎士達にとってこれ以上勇者様ご一行に余計な言葉を喋らせないために、縛られた5人全員に猿轡を付けていく。

 彼にとっては騎士はただ国王に騙されているとでも思っていたのだろう。だが残念な事に少女達をさらってくるのは騎士達の役目であって、今や勇者様ご一行は真実を知る邪魔な存在でしかない。

 

 あの日、アイリスに言われた通り城の南棟へと忍び込んだ勇者様ご一行。そこで彼らが見たのは何人ものすすり泣く少女達の姿。ある者は弱り、ある者は縛られ、食事もろくに与えられず弱り絶望の中にいるかわいそうな少女達。

 王はここで捕らえてきた少女達に恐怖と絶望を与え、反抗や抵抗をする気力を奪うのだ。ただ娼婦としての利用がしやすいがために。

 そんな少女達の姿を見てしまった彼らは、アイリスの忠告を無視し囚われた少女達を救おうとして捕まった。そしてその見せしめとして今この国の民たちの前で反逆罪として断頭台に立たされている。

 彼らは今こう思っているのではないだろうか、自分達は何一つ悪いことはしていないのに、処刑を見に集まってきた人たちからは嘲笑や罵倒、中には石を投げつけてくる人間までいる。自分達はこんな愚かな人間達のために戦ってきたのかと。


「むぐっ、むぐぅーー」

「魔王に魂を売った人間が、最後の言葉など口にできると思うな!」

 騎士達はもっともらしい口実を言っているが、それはただ喋られては困ると理由ただ一つだけ。当然そこには慈悲や温情という言葉は存在しない。ただ彼らは国民への見せしめと、処刑という催しを行っているに過ぎないのだ。

 勇者達にすれば最後の弁明とも言える場面を、あまりとも言える理不尽な理由で猿轡さえ外してもらえず一人、また一人として断頭台に首を固定されていく。

 そして騎士の一人が腕を天高く掲げ、その場で勢い良く振り下ろすのを合図に、それぞれ配置に付いた騎士達が断頭台の刃に繋がるロープに切りつけると、刃が重力に従って落下してゆく。


『『『キャーーー』』』

 国民達は自分勝手だ。自ら処刑を見に来たというのに、悲鳴をあげ、彼らの最後の瞬間には顔を伏せてみようともしない。

 もしそんな国民が、彼らから目を離さなければ受け身ぐらいは取れただろうに。

 ドガーーーーン!!



「まったく、あれ程アイリスが警告しただろうに余計な仕事を増やしよって。これでも我れは忙しいのだぞ」

 勇者達が今まさに首を落とされるかと思われた瞬間。空間転移してきたディメオラが断頭台を根こそぎ破壊し、その衝撃で処刑を見に来ていた国民達もその風圧や瓦礫で吹き飛ばされていく。


「むぐ、むぐむぐー」

 やがて土煙が収まり、勇者様ご一行が私たちに気づくなりごもごご動きながらも何やら言葉を話そうとして……喋れなかった。

「ん? 何を言っておる? それになぜミノムシのように地面に這いつくばっておるのだ?」

「むぐ、むぐむぐー」

「もう、縛られた上に猿轡をされてるんでしょ。さっさと助けてあげなさいよ」

「お、おぅ、すまんな。これも人間の遊びかと思っておったわ」

 そう言いながら私の愛する夫は魔力だけで勇者様達のロープや猿轡を外していく。


「ぷはぁー。な、なんであんた達がここにいるんだよ」

 ようやく喋れるようになったかと思うと、開口一番に出てきた言葉がこれってどうなのよ。経緯はどうあれ命を助けられたのならまず最初にお礼でしょ。

 そんな文句をぐっと飲み込み、私は勇者様達に話しかける。


「あなた達が心配で見に来たのよ。そしたら縛られた挙句に処刑されようとしていたから助けに決まってるでしょ」

 この状況でこれ以外の理由がどこにあるのかと尋ねたい。

 どうもかなりお人好しな勇者様だったので、ディメオラに頼んで空間転移でこの街までやってきたのだ。すると街の広場が騒がしかったので何かと思い見に来れば、案の定勇者様ご一行が今まさに命の危機だったっていうわけだ。

 このまま見過ごすことも考えたのだけれど、私がある意味焚きつけた原因ともなっているので、これじゃ少々目覚めが悪いということで助けに入ったのだが、それなのこの勇者様ときたら。


「アイリスよ、お説教はいいが時と場合をだな」

「ん? あぁそうだったわね」

 ディメオラに促されて周りを見てみれば、見学に訪れていた国民達は怯え、騎士達は必死に勇気を振る絞って剣をこちらに向けている。

 そらぁそうよね。突然断頭台の前に現れたかと思うと、問答無用で周りを吹き飛ばしたのだ。

 緊急事態だったとはいえ死者は出さないように配慮してくたんだから、これ以上ディメオラに対しての文句は言えないだろう。


「な、なんなんだ貴様らは!」

「なんだとは礼儀知らずな。他人の名前を尋ねるならまずは己の名前を名乗るのが筋であろう」

 これが魔王と呼ばれるディメオラの言葉でなければ、相手からは慌てて謝罪の一言も出るのだろうが、辺り一面先ほどの爆破で負の魔力が漂い、騎士や集まった人間達は完全に恐怖ですくみ上がっている。これではまともな会話も成り立たないだろう。

 そんな様子を見たディメオラは、一つ大きな息をつくと仕方なく自らの名前を名乗り出す。


「ま、ままままま、魔王だとぉぉぉ!!!!!!!」

 まぁ、当然の反応よね。この国の住人は魔族は人間の敵と教え込まれているのだ。それも極悪非道で片手一本で国や街が吹っ飛ぶぐらい恐怖の対象なのだと。

 これで実は『うそうそ、そんな力なんてまったくないわよ』とか言えば多少この場も和むのかもしれないが、これが実際にできちゃうのだから困ったものだ。


「とりあえず貴様らは一度黙れ。我はこの者達に用がある」

 そう言うと、ディメオラはこちらの声が聞こえないように小さな結界空間を作り上げる。その様子をみた数名の騎士が此処ぞとばかりに結界相手に斬りつけたり、助けを呼ぶために走り去る様子が目に映る。

 普段から弱い者イジメしかしていない騎士だから、これで戦ったつもりにでもなっているのだろう。そう考えれば軍隊か何かを呼びに行った騎士達の方が正しい判断だといえるだろう。


「おい小僧、時間がないから手っ取り早く答えろ。ここで人間に処刑されるか、それとも暴れた挙句に討ち死にするか、最後まで無実を証明するために叫び続けて死ぬか。好きな選択をえらべ」

「えーーー、それってどれも最後は死んじゃうじゃない。せっかくここまで来たんだら助けてあげなさいよ」

「むむ……」

 まったく、まだ彼らが土足で城に上がり込んだことを根に持っているんだから。

 仕方がないのでディメオラに変わって私が勇者様ご一行に尋ねることにする。


「とりあえずさっきの選択枠の中に『助けてあげる』って項目を追加ね。ただこの場合、あなた達は魔王と手を結んでいるとかいう汚名が付いてくるわ。それでも良いって言うのなら助けてあげるけど、どうする?」

 勇者様ご一行にすれば、これほど不名誉な名は存在しないだろう。隣のディメオラが何やら不機嫌そうな顔をしているが、私は構わず質問を続ける。


「お、おれは……」

「わ、私はこんなところで死にたくないです!」

 言葉に詰まった勇者に変わって声を張り上げたのは、以前同様私に質問を投げかけてきた勇者パーティーの女の子。


「サーシャお前何言ってるんだ」

「だったらエドはここで死んでもいいっていうの? 無実の罪で汚名を着せられてゴミのように死んでも良いっていうの? 私は嫌だよ!」

「そ、そうだな。俺だってこんなところで死にたくない」

「わ、私もこんなところで死にたくない」

「お、お前らまで……」

 少女の言葉を皮切りに、他のメンバー達もそれぞれ死にたくないと声を出す。

 これがもし名誉ある死ならば彼らの考えも違っていたのかもしれないが、濡れ衣を着せられたまま無実の罪で処刑さらたとあっては、余りにも心残りにはなるだろう。

 しかも勇者というだけあって、騎士や国民を傷つける事が出来ない。つまりは私たちが助けない限り彼らに待っているのは死という現実だけなのだ。


「………………わ、わかった。ただ、一つだけ頼みがある」

「出来ることと出来ないことがあるけれど、とりあえず聞いてあげるわ」

 後でやっぱあの時死んでれば、とか文句を言われてはたまったもんじゃないので、とりあえず話だけは聞いてみる。


「城の地下にいたあの子達を助けてくれ。あんただった出来るんだろう?」

「城の地下? すると今もやっぱりあの場所が使われているのね」

 私は少し考えるを振りを見せてからディメオラの方へ顔を移す。


「いいのか? 結界石を壊せば他の魔王に狙われるかもしれんぞ?」

「ん〜、いいんじゃない? どうせこの国もそう長くはないでしょ。私の目的が果たせなくなるかもだけど、結界が消えたら消えたで空間転移を使って直接嫌がらせもできるし」

「おまえなぁ……」

 呆れ顔のディメオラに対して、笑顔いっぱいで答える私。

 元々この国の城は私にとっての庭のようなもの。しかもお母様の、城の構造や結界に関する事は王や王妃以上に把握しているのだ。

 ならば何故仇である王や王妃を見逃してきたかというと、単純に嫌がらせをした上で苦しめて殺したかったというだけ。

 そのために大金を使って作り上げた娼婦の館を、稼ぎが出る前に壊し嫌がらせをし続けてきた。だけどそれもそろそろ飽きてきたので、これからは直接肉体的に嫌がらせをしてもいいかなと思ったからだ。


「はぁ……まぁいい。しばし待て」

 それだけ言うと、ディメオラが姿を消したと同時に城の彼方此方から爆発音が聞こえて来る。


 シュッパ

「あら、早かったわね」

「この程度、我れにとっては動作もないこと。だが早くせねば命が危ういもがいるようだぞ」

 ディメオラが戻ったと同時に、10人ほどの幼い少女達が結界の中に姿を表す。


「いけない、私が治療します。こう見えても私は教会に仕える治術師なんです」

 そう言って治療を勝手出てくれたのは先ほど真っ先に助けてくれと言い出した女の子。確かサーシャとか呼ばれていたわね。

 サーシャはぐったりと倒れている女の子に近寄ると、すぐに口から回復魔法の詠唱に取り掛かる。

 すると手の平から放たれる淡い光が弱った少女に照らされて、ほんの僅かながらピクリと体に反応をみせる。だけど……

 

「そんなんじゃ間に合わないわよ」

 おそらく元々体でも弱かったのだろう。それなのに何日もろくな食事を与えてもらえず、狭く暗い地下牢へと囚われていたのだ。

 本来なら商品となる彼女達を死なせるような真似はしないのだろうが、諦めがつかない他の少女達に対して、わざと弱り死んでいく姿を見せつける。嘗て私の目の前で母を殺した時のように。


「わかってます。そんなのわかってますよ! だからってこのまま何もせず見捨てることなんて出来ないじゃないですか!」

 勇者パーティーの中で一番現実を見据えている子だと思っていたけれど、こういった熱い心も持っているねの。

 そんな必死の彼女を見ていると、立派な……となって国を良き方向へと導くために頑張っていた過去の自分を思い出す。

 今じゃすっかり穢れ汚され、復讐の鬼となった私には彼女の行動は眩しくもあり、そして懐かしくもある。


「どきなさい。私が代わるわ」

「えっ? 姫様も治術師なんですか? だったら一緒に……」

 私は彼女の了承を得なまま、無言で少女の治療に取り掛かる。


「アイリスに任せておけ」

「でも治療なら力を重ねた方が……」

 ディメオラが気を利かせて私からサーシャを離してくれる。

 確かに彼女の言う通り、精霊魔法は力を合わせることによってより効果が増幅する。だけど私の力は精霊そのものに呼びかけるものであって、余計な力はかえって邪魔になる。それが分かっているからディメオラはサーシャを離してくれたのだ。

 そんな旦那様に視線だけでお礼をいい、私は両腕を胸元で重ね合わせ歌い出す。


「るぅ〜らりる〜らりるぅ〜、そぉらり〜る〜らりる〜らりる〜」

「これは……歌?」

 私のこの力に詠唱なんてものは存在しない。直接精霊達に呼びかけ、力を増幅させてあげることによって癒しの力を強化する。


「精霊の歌と言うらしい」

 こちらの様子を不思議そうにみつめる勇者様ご一行に対し、ご丁寧に解説を入れてくれる愛しの旦那様。

 べつに隠す必要もないので問題ないが、この状況は少々照れてしまうので是非とも見逃して欲しい。


「精霊の歌!?」

「知っているのか? サーシャ」

「えぇ、私たち教会に仕える者ならその存在を知らないものはいないわ。エドも名前ぐらいは聞いたことがあるじゃない? 聖女と呼ばれる方の存在を……」

「せ、聖女!?」

 ウェッジウッド王国の王家に代々受け継がれてきたこの力。おそらく私の代で失われてしまうであろうこの力も、人によって傷つけられた少女を助けるために使うのだから、最後の花道としては決して悪いものでもないだろう。


 私は胸元で重ねた両腕を大きく前へと広げ、最後の言葉を紡ぎだす。

「精霊の光よ我が手に集え」

 すると眩いばかりの光が当たり一面を埋め尽くす。


「うわっ」

「きゃっ」

 やがて眩いばかりに輝いていた光の世界も次第に薄れ、私の前には呼吸が整い頬に赤みが戻った少女と、近くで癒しの光のを受け顔色のよくなった別の少女達。

「これでもう大丈夫なはずよ」

「すごい……これが聖女の、聖女様の癒しの奇跡」

 感動してもらっているとこに大変申し訳ないのだが、私はすでに聖女ではなく魔に属する魔王様のお嫁さん。そんなディメオラの子をその身に宿した後なのだから、どちらかといえば魔族に属する体になってしまっている。

 それでも今だ聖女の力が使えているのはある意味奇跡なのかもしれないが。


「感動していること悪いんだけれど、早くこの場を離れたいのよ。そろそろあなた達の答えを聞きたいのだけれど」

 エドと呼ばれていた勇者様は今度こそ全員一致で首を縦に頷く。

「俺たちを助けてください」

「いいわ。それじゃ先にあなた達を魔王城に送ってもらうわ」

「えっ、姫さ……聖女様は一緒に行かれないので?」

「せっかくお城の結界を壊したんだもの、ちょうど良いから軽く王と王妃に脅しをかけてくるわ」

「「「「「……」」」」」

 ある意味感動のシーンを壊すようで悪いが、私の最終目標は両親を殺し、姫であった私を娼婦へお追いやった叔父達への復讐。今更この考えを覆すつもりはこれっぽっちも存在しない。

 微妙な顔で戸惑う勇者様ご一行と、助けてきた少女達を転移魔法で送ったのち、私は愛する夫ともに城の玉座の間へと跳躍する。

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