娼婦に売られたら、なぜか魔王様のお嫁さんになりました。

みるくてぃー

第1話 勇者だからって勝手にひとの家に入らないでよね

「魔王ディメオラ、貴様の悪行もこれまでだ! 連れ去ったアイリス姫を返してもらうぞ!」

 人間からは魔王城と呼ばれる城の王の間、その一段高くに設けられた玉座に向かって、男女5人組の代表である青年が大きく声を張り上げる。


「ほぉ、我が城に土足で上がり込んで置いて、開口一番に姫を返せとな」

「黙れ魔王! 貴様がウェッジウッド王国のアイリス姫を捕らえていることは分かっているんだ!」

 これが俗に言う勇者と魔王が初めて出会う対面シーンなのだろう。

 勇者ご一行様の青年に対し、魔王と呼ばれている男は玉座に座ったまま乱入してきた青年たちを嘲笑うように見下ろす。

 勇者側としては囚われた姫を救うべく正義の名の下に魔王退治へとやってきたのだろうが、魔王側としては自分の居城に問答無用に乗り込んできた不埒もの。

 よくRPGなどで、プレイヤーが操る勇者が他人の家に入り込んでタンスやツボを漁るシーンがあるが、現実に置き換えればただの不法侵入の上に金品を漁る強盗そのもの、速攻警備兵へと通報されても文句はいえない。それは魔王城であったとしても当然当て嵌まるわけであって、この場合魔王と呼ばれる男の方が正しい主張といえる。

 まぁ、そんな至極当然な道理も、討伐目的でやってきたの勇者ご一行様は何一つ間違ったことはしていないと言い切りそうだが。


「気をつけてエド、相手は魔王よ。これまでの敵とは違うわ」

「わかっているサーシャ。これだけ離れているのに今までの敵とは威圧感がまるで違う」

 確かに玉座に座る男は魔族という種族に分類する。しかも数多くの魔族を従え、この街と居城の主人なのだから間違いなく王なのだろう。

 だからと言って城の主人の問いかけに一方的な意見を押し通し、あまつさえ目の前で友情ごっこを見せつけられては、城の主としてはたまったもんじゃないだろう。魔王はそんなやりとりに深いため息をつき。


「良かろう」

 そう言うと、スッと玉座から立ち上がる。

「構えろ皆んな! 来るぞ!」

 剣や杖を構える勇者一行に対し、魔王はそのまま玉座から勇者様ご一行の横をすり抜け……。


「「「「「……」」」」」

「ん? 何をしておる。置いていくぞ」

 一人先導するかのように玉座の間の入り口である扉の方へと向かう。


「ど、何処へ行くつもりだ魔王。俺たちでは貴様の相手にはならないとでも言いたいのか!」

「何を言っておる、お前たちの目的はアイリスであろ? だから案内してやると言っているのだ」

「「「「「……」」」」」

 魔王の言動に再び王の間が沈黙に支配される。


「だ、騙されないぞ! 何処の世界に捕らえた姫の元へ案内する魔王がいるんだ。どうせ俺たちを罠にでも嵌めるつもりだろう!」

「ならば問うが、我れがアイリスの元へと案内しなければお前たちはこの城をしらみつぶしに探すのであろう? こちらとしても無意味に壺やタンスを城を荒らされたくはないのでな」

 常識のある者ならば魔王の言うことが正しいと理解できるだろう。相手は剣を抜いて脅しているただの強盗。もし魔王が普通の人間ならば、恐怖の余り言われた通りに従うのは間違った行為ではない。

 そんな事すら頭が回らない勇者様ご一行は一度互いの顔を確かめ合い……。


「ほ、本当なんだろうな」

「我れが嘘を言う理由が何処にある? 信じないのであればこの城から出て行って欲しいのだがな」

 魔王の言葉に勇者様ご一行は再度互いの顔を確かめ合いながら。

「い、いいだろう。例え罠だとしても必ず切り抜けてやる」

 魔王はそんな勇者様ご一行に深いため息を吐き、一人先導するために王の間を後にするのだった。






「こらセネジオ、アンナを困らしちゃダメでしょ」

「だってー、お母様が遊んでくれないんだもの」

 今年で3歳になるセネジオ、丁度遊び盛り、やんちゃ盛りな年頃なんだろう。私は生まれたばかりのセーネを抱いているし、ここには遊べる同年代の子供も存在いない。街へと出れば同じ年の子供もいるのだろうが、仮にも魔王様の子としてはおいそれと連れ出すわけにもいかないだろう。

 そう思えば少々可哀想な環境で育てているのかもしれないけれど、優しい旦那様に私のお世話をしてくれているアンナとリリア。一時私たちが置かれていた状況に比べると、この子たちも私たちも今が一番幸せな時なのは間違いない。


 コンコン

「アイリス様、ディメオラ様がお越しです」

「あら、こんな時間に?」

 扉を叩くノックに、リリアがスッと対応してくれる。


「すまんな、休んでいるところを」

「うふふ、そんなに気を使わなくてもいいんですよ? 私の体と心のあなたの者なのですから」

 私の答えに薄っすら顔を赤く染める旦那様。昔の私ならとても口からでないであろうセリフも、この人の前なら素直になれる。

 世間では政略結婚だ、借金の方に無理やり結婚だなどど、愛のない結婚なんてザラに存在してるけれど、ウェッジウッド王国の姫であったこの私は、間違いなく恋愛の末の結婚だと口を大にして言い切れる。


「父上ー」

 ディメオラが部屋に入るなり元気よく飛びつくセネジオ。

 そんな光景を暖かく見つめながら、今まで遊び相手をしてくれていたアンナにお礼を言う。


「それで、どのような御用件なので?」

 普段ディメオラはこの城の主として何かと忙しい。

 城の周りには小さいながらも城下街があるし、この城で働く人や魔族もそれなりにいる。そんな多忙なディメオラが昼間からこの部屋を訪ねるとは非常に珍しい。


「お前に会いたいという者がやってきてな」

「私に会いに? 殺しにじゃなくて?」

 自慢じゃないが、生まれてこのかた友達と言える人間は片手で足りる。しかもその全員が私の生存は諦めていると言うのだから、わざわざ危険を冒してまで会いに来る事もないだろう。

 もしこの城に私を目的に訪ねるとすれば、それは私を殺しにくる暗殺者か自称正義の味方をなるの勇者様のどちらかであろう。


「はぁ……、そんな物騒な輩をお前の前に連れてくるわけがないであろう。今日訪ねて来たのは自称勇者様ご一行だ」

「勇者様ご一行? それじゃやっぱり私を殺しに来た暗殺者じゃない」

 これでも元は人間が暮らす街で育った身。箱入り娘だったと言い訳をするつもりはないが、私が生まれた国では魔族は人間の敵と教育されているのだ。すると現在魔族側にいる私にとって、勇者様ご一行はまさに討伐対象に当たるのではないだろうか。

 そんな思いを胸に秘めながら、とりあえずどんなご一行が訪れたのかと気になりつつ、ディメオラの背後で警戒している男女5人組のパーティーへと目を移す。


「ま、待ってください。僕たちは姫様を助けに来たんです!」

 私に暗殺者呼ばわりされたことに焦ったのか、先頭に立つ勇者様が慌てて自分を正当化する。

「あ、あなた様はアイリス姫なんですよね?」

「えぇ、多分あなた達が言っているのは間違いなく私だと思うわ。それで私を誘拐して国にでも売り飛ばすつもりなのかしら?」

 私は望んでここにいるのだから、この場合無理やり連れ出そうとしている勇者様ご一行は、誘拐グループといっても差し支えないだろう。

 しかし私に再び犯罪者扱いされたことが気に入らなかったのか、勇者様の一人が剣を構え。


「貴様魔王! 姫様を洗脳したな!」

 いやいやいや、私は洗脳された覚えもなければディメオラは精神系の魔法は一切使えない。それに私は少々特異体質なせいで、負の力を糧とする魔族の技は一切通用しないのだ。

 これが火や氷のような精霊魔法なら熱さや冷たさで死ぬこともあるだろうが、魔族であるディメオラが精霊魔法を使えるわけもなく、純粋な魔力弾を打ち込もうとしても、負の力を媒体とす限り私に直接なダメージは一切通らない。もっとも、私の愛する夫が妻である私を傷つけるとは思えないが。

 そんな私たちの関係を知らないのか、勇者っぽい青年はなおも私の愛する旦那様に対してあらぬ疑いをかけてくる。

 昔はよく勇者様の物語が描かれた本を読んだ事があったが、実際に当事者となってしまえばこんなにウザいものだったなんて思ってもいなかったわ。


 だが、このやり取りが全くの無意味だったかと問われれば、それなりの収穫があったと言わざるをえないだだろう。つまりこの私とディメオラの関係を知らない勇者様は、かつて私と両親を罠にかけた国王と王妃に体良く操られているだけ。

 姫であった私がなぜこの魔族の国へと行き着いたのか、なぜ魔族は悪と思い込んでいるのか。おそらく自分たちは正義だと信じ込ませ、魔王に囚われた姫様を救い出してくれとでも頼み込まれたのだろう。

 この私の命を奪うために。


「ご歓談中申し訳ないのだけれど、私から勇者様に幾つかお尋ねしたいのですがよろしいですか?」

 いつまでも愛する夫を悪者扱いされてもたまらないので、横から自称勇者様に向かって質問を投げかける。

「え、ええ。お答えできるものならなんでもお答えします」

「それじゃまず一つ目ですが、私が囚われているとおしゃっておられるのは何処の何方様なのでしょう?」

 おおよその予想はついているが、間違いがあっても困るのでまずは最初に依頼主を確認する。

 流石の自称勇者様達も依頼主がいなければ動く事はないだろう。私がここにいると言う事実を知るのは王や腐った貴族たちだけで、大半の国民は7年前の事件、もしくは6年前火災で死んでいると思われているのだ。

 そんな状況の私に、今更救出依頼を出す人物などそう深く考える必要もないだろう。

 案の定、勇者様達が告げた名前を聞いて、私の推測が間違っていなかった事を確認する。


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