第27話 職人の街

 ソフィーたちがロックウェルに着くと、石や鉄でできた家に煙突から黒い煙がもくもくと出てくる工房、粉じん対策なのか口元にはマスクやスカーフを巻いているものが少なからず見受けられる。地面には草花が少なく、乾いた感じだ。


 それを見たソフィーとクレアは住人らと同じく、口元にスカーフを巻き、騎士団の面々と中へとはいっていく。強面の角刈りの男性がよそ者でしかも子供のこちらを睨めつけようとするも、隣に騎士団の人いるのが分かり、そそくさと去ってしまう。一陣の風によって砂ぼこりが舞い、ソフィーたちに襲い掛かる。


「スカーフ巻いても口の中に砂利が入った気がする……」


「魔法で水を出しますから、後でうがいをしたほうがいいですわ」


 市場らしき通りに着くと、機械の部品や剣や盾が数多く売られているが、食料を売っている店は少なく、あったとしても瓶詰めのもので通常品よりも1~2割、下手なものでは5割増しの値段で売られていた。


「なによ、このぼったくり!」


「水と食料は……貴重な命ですから……ヒッヒッヒッ」


 アリスが店員に文句を言うも割引どころか値引き交渉に応じる気配すらない。仕方なく、釈然としない様子でお金を払い、保存食を購入する。その様子を見たキースは頭をかしげ、みんなに話しかける。


「ここにいるアイザックのおっさんに武器を作ってもらっているんだが……前に来た時はぼったくり価格ってのは変わらないが、もう少し安かったぜ」


「物流になにかあったのか?」


「さあな。盗賊が現れたならギルドに連絡がいくだろうし、不作なら他の所も値上がりするだろ。俺はおっさんのところに行くが、お前らはどうする?」


「武器は必要ないから特に行くところないし……」


「そうですわね。キースさんについていきますわ」


「文無し二人組も同じくね」


(勝手に決めるな……と言いたいが、反論できん!)


 心底嫌そうな顔するクラインだが、しぶしぶといった感じでキースの案内を受ける。街のはずれにある大きな煙突がある鉄鋼作りの家に着き、ベルを鳴らさず勝手に家の中へとはいっていく。


 そこには大きなかまどや床に散らばったさまざまな工具が見受けられ、一人の青年が汗水たらしながら、トンテンカンと熱した鉄を打っていた。来客に気付いた坊主頭の10代後半くらいの青年はキースに駆け寄ってくる。


「キース兄ちゃん!」


「よお、テリー。元気でなりよりだ。おっさんはいるか」


「師匠なら昨日鉱石を取りに行ったから、もうすぐ戻ってくると思う」


 テリーがそういうと、ガハハハという笑い声と共に、大きな袋を背負った小太りの白ひげの男性が帰ってきた。キースの顔を見て、男性は懐かしむような顔をする。


「おや、キースじゃねぇか。また剣でも折ったか?」


「おっさん、まだ折れてねぇよ……いろいろと消耗してな。特に剣、槍、斧は鍛え治すよりも作ったほうが早いかもな」


「……王都でよくねぇことが起こったのは知っているが、いったい何があった?」


 キースはこれまであったことをアイザックに話すと「ふむ」と言って豊かな白ひげをなでる。


「まあ、お前さんの事情は分かった。で、そっちの別嬪さんとガキは? お前さんの奥さんと隠し子というわけではあるまいな」


「ちげーよ!第一、誰がこんな……ぐへぇ……」


「誰が行き遅れの暴力女よ!」


「ま、まだいって……ぐっ……」


 アリスに2度ボディーブローを放たれたキースは崩れ落ちるかのように倒れる。それを見たアイザックは心の中ですまんなと謝った。


「私、ソフィーと言います」


「レーラントイチの天才美少女、クレア・アークライトですわ」


「ずいぶんとませたガキだな。だが、そのまっすぐな目はいい」


「さっき殴りにかかったのがアリスで、俺は『野郎は知らん』……おい!」


 クラインは自己紹介の途中で話をさえぎられ、文句を言うが、アイザックは聞く耳持たず。弟子のテリーの仕上げた剣を見ると「駄目だな」と言ってそこらに投げ捨てる。


「よく見ておけ、よくできた剣は音が違う」


 アイザックがトンテンカンと剣を作っていく。手慣れた手つきで作るそれは、経験の浅いテリーのそれとはまるで違う。


「なんかリズミカルな感じがする……」


「そうですわね、同じ音でも雑音と音楽くらい違いますわ」


 そして、出来上がった剣をキースが夕日に照らすと宝石のようにきれいに輝く。キースが近くにあった細い枯れた木に斬りかかり、一刀両断する。


「悪くなさそうだな。この調子で他の武器も頼むぜ」


「まったく。自分でも鍛えられるだろうに」


「俺よりもおっさんのほうが確実だからな。あとコイツの分も作ってくれ」


「ふん、こんなイケメン野郎はコレで十分じゃ!」


 テリーが作った剣を拾い上げ、クラインに投げ捨てる。また、文句を言いそうになったが、子供にたかっている文無しの自分という立場を思い出し、ぐっとこらえる。テリーの剣を手に取り、軽く振ってみたが、量産品とほとんど差はなく悪くなさそうだと思った。


「どうせお前さんのことだから泊めてほしいとかいうんじゃろ」


「話が早くて助かるぜ。こいつらの分もよろしくな」


「女と子供の分はあるが、そこの男はそこらで雑魚寝しろ」


「おい、俺のあたりだけきつくないか!」


「イケメンは死ね(気のせいじゃ)」


「……まあ、部屋が無いなら仕方がない」


 クラインはぷるぷると震えている自分の握りこぶしを必死に抑えながら、アイザックの提案に乗る。さすがに飯までおごってもらうわけにはいかないので、街のレストランに向かう。そこに書かれているメニューを見て、値段が高いのは覚悟していたとはいえソフィーは驚いた。


「魔獣のもつ鍋。魔獣肉のステーキ。魔獣肉の燻製。魔獣肉のユッケ……ここまで肉料理しかないってある意味凄い」


「焼肉店でもないのに肉しかないってどうなっていますの?」


「そりゃあそうだろ、この辺でとれるものってなると魔獣の肉しかないからな。香辛料を買う金だけはあるから、それで味付けだ」


「逆に野菜はピクルスだけっていうね」


「サラダが近日入荷と書いているのは初めて見たぞ。しかも高い」


「山菜くらい採りに行こうよ……」


「そんなのが採れる山は離れているからな。お金が無いやつはともかく、レストランの人間がわざわざ採りに行かねぇのさ。さあ、好きなもん頼め!金は子分が出す!」


 クラインから「いばるな!」とツッコミが入る。その後、何の魔獣かすら書かれていない謎肉の料理をおいしくいただいた後、子供たちがお金を払うのを見て、店の人たちが騎士団の面々に人を殺せそうな痛い視線を送るのであった。



 家に帰ると、アイザックは鍛冶仕事が終わったのか仕事机でコーヒーのような飲み物を飲んでいた。


「どうだ、あの糞高い店は?」


「ああ。前と変わんねぇのに高くなってやがる。いくらなんでもボリすぎだろ。なにがあったんだ」


「ここ最近、ドラゴンが鉱山に住み着いてのう。このまえドラゴン退治しに来たギルドの連中が言うには倒せないが、空腹を満たせば襲わないといわれて街の食料を与えておる」


「ギルドで聞いたことないぜ。そんな話」


「なんと!? だが、奴らはギルドから来たと言って……」


「騙る詐欺師だろうな。邪龍を討伐した俺たちが言うのもあれだが、ドラゴンが人を襲うとは思えない」


「そうよね。あのワンコみたいに人懐っこい性格を見ると、人を襲わないわ」


「うん。マリアお姉ちゃんも余程のことが無いと襲わないって言ってた」


「身を挺してまで人を守ろうとしていましたわ」


 4人が経験した邪龍騒動のことをアイザックに話すと、ただでさえ感情的になりやすい彼が怒りで赤くなり、話が終わるころには噴火していた。


「その連中用に作った武器、全部お前さんらにやるワイ!好きなもんとって来い!」


 アイザックが指をさしたのは、槍や剣、斧や盾、杖や銃まで多種多様な武器が勢ぞろいしていた。見ただけでも、それらが量産品のそれとは違う出来であることは武器のことに拙いソフィーたちにもわかる。


「おいおい、良いのかよ。契約違反だろ」


「そんなもん、奴らが初めから違反しておるからお互い様だ!とにかくお前さんらはあのドラゴンをなんとかしてくれ!こっそり忍び込んでいたら、こっちの命が何個あっても足りん」


「勝手に忍び込むのもダメだろ」


「では、どうやって原料を調達するつもりだ? 他の者もやっているからセーフに決まっておる」


「そういえば、おっさんはこういうやつだった」


 キースがやれやれといった表情でソフィーたちを見ると、嫌がっている様子はない。物分かりが良くて助かると思ったキースは明日の早朝に発掘現場に赴き、ドラゴンの調査を行うことを彼女らに伝えた。


 そして、その晩。同じ部屋で寝泊まりしているソフィーとクレアはまだ眠れず、これまでの旅について語っていた。


「聖堂教会に行くだけの旅が大変なことになっちゃったね」


「いつものことですわ。ここ最近、私たちが一緒にいた旅で予定通りに行われたことがありまして?」


「……えっ~と、ほら、コダインとかヴェントキャニオンの帰りは何もなかったよ」


「帰りだけですわね」


「……なんでだろうね」


「私が知りたいですわ!」


 ソフィーは改めてここ半年の出来事を振り返る。姉のマリアに3体の天災級を倒してもらい、その間自分はほとんど役に立っていない。自分の身体を使っているのだから、当然と言えば当然なのだが、ソフィーはそうは思わなかった。


 もう少し自分が役に立つようなことができれば、姉は今でもいたのではないかと思ってしまうのだ。


「クレアちゃん……強くなろうね」


「……当り前ですわ。早くしないと明日起きられなくなりますわよ」


「うん。おやすみ」


 ソフィーとクレアの意識はまどろみの中へと消えていった。

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