第26話 脱獄

 ソフィーたちは崖の上から円柱状の監獄塔を見渡していた。忍び込むことも考え、三人は光り輝くエンブレムを外し、黒い服に身を包み、月光が無い夜空の下にいる。

 監視している人間は松明をもって、辺りを照らしている様子が伺える。崖に囲まれていないところには灯りが多く照らされているが、崖側は見回りに来た人間がぽつりぽつりといるだけで警戒していないのが容易にわかる。


「人数が少ない以上、正面突破は無理だから、忍び込むのがベストです」


「そりゃな。で、お前の策は警戒が最も薄い崖側から忍び込むと」


「はい。手はず通りやりましょう……プロテクション&リフレクション!」


 崖から飛び降りた三人はプロテクションによってできた一時的な足場に乗り移り、リフレクションによって跳ね返った三人を再び次のプロテクションの足場へと移す。ぴょんぴょんと上空を跳ねて進む三人を地上の人間は見向きもせず、監視塔の上部の監視員も地上を見渡しているだけだった。


 そのため、上空から飛来したキースによってすぐさま斬りつけられた監視員は何が起こったのかもわからず、下の階層に伝える暇すらなかった。


「ここまで簡単に忍び込めるとはな。こんなに便利なら俺もリフレクションの練習しておいたらよかったぜ。さてと、ここから先は手加減なしで殺す気じゃないと進めねぇ……引き返すなら今しかないが……」


「でもクラリスさんやアリスさんが捕まっているのを見過ごせません」


「よし、よく言った。これから大罪人キース様とその子分がいけすかねぇ奴を連れ出してやるぜ」


 いつの間にやらキースの子分になったソフィーたちは彼の後を追うように中へと入っていく。


 魔封じの腕輪をはめられたクラリスたちはうす暗い牢獄の中にいた。見渡しても冷たい壁、聞こえてくるのは看守の足音だけという閉鎖的な状況になぜ置かれてしまったのか分からないでいた。

 始めは文句を言っていたアリスも、何も口をきいてくれない看守に嫌気がついたのか今では部屋の隅で落ち込んでいるようだ。


「あたしたち……これからどうなっちゃうのかな」


「普通に考えれば裁判を行い、俺たちの言い分を聞いてくれる機会があるはずだが……あの混乱した王都を見る限り、それも厳しいだろうな」


「そうよね……有無を言わさずここに連れてこられたもの」


 もう何回か繰り返したこのやり取りにクラインは文句を言わなかった。同じことをあと何回繰り返せば、外に出られるのかと考えていると急に外が騒がしくなっている。看守らは杖や剣を持つなど武装をしている。


「なにがあったのかしら?」


「ここに攻撃を仕掛けてくるような馬鹿は……一人しか知らん」


 奥から大きな音と火の手がはしり、看守たちを吹き飛ばす。そして、クラインたちの目の前に現れたのはぎらついた目で杖を持っているキースの姿だった。


「馬鹿登場!ってな。聞こえてんぞ」


「行動を起こすならお前しかいないと思ったよ。よくここまで登ってきたな」


「俺には優秀な子分がいるからな。そうだろ」


 キースの後ろから、ひょっこりとソフィーとクレアが現れる。


「子分Aです」


「子分Bですわ」


「お、お前たちまで……一体外では何があったんだ?」


 クラインに答える前にキースが斧で牢をぶったぎると、クレアが中に入り、クラインたちの魔封じの腕輪をすぐさま外す。その手際の良さにアリスは感心する。


「腕輪をここまで早く解く人、騎士団でもなかなか見ないわよ」


「マリアに教えて貰いましたから……」


「あっ、ごめん……」


「なに湿っぽいことをやっているんだ。さっさとずらかるぞ」


 キースに自分の剣を丸腰のクラインに渡し、自分は杖に持ち変える。ドタドタと多数の足音が聞こえることから、下の階層にいた看守らも応援に駆け付けに来たのだろう。ここにいつまでもいるわけにはいかないクラインらは壊れた牢(ろう)から脱出し、屋上へと向かう。


 屋上にたどりついたクラインらの目の前には、3体分の聖騎士風の中身が空の甲冑にも関わらず立っている。一つは剣を持ったもの、もう一つは杖をもったもの、残りの一つは盾を持ったものだ。


「あれはヨシュアのホーリーナイツガーディアン!? 気をつけろ、あいつらは術者が近くにいなくても簡単な仕事なら自動で行動できる」


「つまり、自分は高みの見物を決めて俺たちを取り押さえようってわけだ。とにかくあれをたおさねぇと脱出する暇あたえてくれねぇだろうよ」


 キースが先制攻撃でファイヤーボールを放つが、盾役のガーディアンのプロテクションによって阻まれる。


「なら連携を崩すしかねぇ!俺が盾役を引きつけているうちに倒せよ」


 盾役のガーディアンに対し、槍をもって襲い掛かる。勢いよく突進したそれはプロテクションとぶつかり合い、激しい火花をまき散らす。

 キースがニヤッと笑うと、プロテクションにひびが入り割れてしまう。すぐさま、ガーディアンがプロテクションを張りなおそうとするも、斬撃によってプロテクションを張るのに使用していた盾を持っていた右手ごと切り落とされる。


「同じことされたあいつはてめぇより強かったぜ!」


 胴体を斬り落としたキースはその残骸に言うのであった。


 剣士型のガーディアンがクラインに襲いかかる。剣を振り下ろしたガーディアンをひらりとかわし、カウンター気味にその腕の関節部を斬りおとす。関節を失ったガーディアンは残りの手で、クラインを捕まえようとするも、精度の欠いた動きでクラインをとらえることはできず、もう一つの手も失ってしまう。


 やぶれかぶれになったガーディアンが突き落とそうと突進するが、外周の淵に立って攻撃を誘導したクラインがかわすと、そのまま落下し、その破片を辺りにまき散らすだけだった。


 術士型のガーディアンが炎の玉を放つとリフレクションによってそれが跳ね返り、自身を焼くことになる。消火した後すぐさま、自身の魔力を凝縮させた炎の弾を放ち、今度はプロテクションを打ち破る。だが、アリスがそのフォローに回り、その弾を殴り飛ばす。


「これだけ時間を稼いでくれれば、大技も撃てるというもの。水よ、その激流にて敵を撃ちぬけ!アクアブレス!」


 クレアが放った怒涛の水流に押し流されたガーディアンも剣士型と同じ運命をたどるのであった。

 ガーディアンが居なくなったところで、プロテクション&リフレクションを使い、崖の上へと飛び跳ねていく。ようやく追撃部隊が到着したが、こちらはすでに闘争を開始している。


「崖を逃走経路に利用するだと!? ええい、追え!追うんだ!」


「無理です。あの崖の上に行くのに今からだと時間がかかり……」


「だったら、あいつらと同じようにすればいいだろう」


「無茶言わないでください。そもそもプロテクションを足場に使った人なんて聞いたこともありませんよ」


「ぐぬぬ……」


 ちょび髭の目つきの悪い監獄長が悔しそうにキースたちを見るが、彼らはそんなことお構いなしに崖の上へと登るのであった。



 脱走した翌朝、クラインたちは改めてキースたちからこれまでの話を聞く。


「ああ。大体の事情は分かった。いろいろと問題は山積みだが、一度王都に行って情報収集をしたいところだな」


「それは俺も同意だ。だが、その前に物資の補給だな。人数が増えすぎて食料が足りねぇ。ここから近くの街ってなると、王国最大の工業都市ロックウェルだ」


 ロックウェルは山岳地帯にある鉱山を利用して様々な武器を製造することで栄えている街だ。鉱山の近くということもあり荒れた大地が広がっており、定期的に来る行商人から食料を買っていることが多い。

 最近では近くの森を開拓して畑に変えているようだが、食料は外部に依存していることに変わりはない。石や武器ではお腹は膨れないのだ。


「ロックウェル……食料売ってくれるのかしら」


「大量購入は難しくても多少は買えるだろ。それに連戦続きで武器の手入れもしたいところだからちょうど良い」


「こっちもキースに借りを作りっぱなしにするわけにもいかんが……金が……」


「背辛いわね……」


「文無しの二人は辛いねぇ。俺たちよりガキの方がもってやがる……」


 キースはそういうとうつむく。

 準備する暇もなく追われたキースも十分な資金を持っていない。そのため、アトラス海岸で豪遊(くいだおれ)したとはいえ、天災級討伐報酬がまだまだ残っている二人の方が資金力では上だった。


「貸しますよ?」


「……すまない。あとで返す……」


 大の大人であるクラインが子供であるソフィーに頭を下げる。奇妙な光景だが、普段なら笑い飛ばすアリスも笑えず、クレアに頭を下げることにした。

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