第25話 再会の騎士

 ソフィーたちは地図を広げて、目的地となる場所を決めていた。レーラントから聖堂教会へまっすぐ行くには中央にある凶暴な獣人や魔獣たちが住む『迷いの森』が横たわっている。そのため、その森を迂回するのがベストだが、北部の山岳コースか南部の海岸コースを選ばないといけない。


「普通に考えれば、アトラス海岸から王都経由で聖堂教会に行く南部ルートですわ」


「そっちのほうが道も整備されているからいいよね」


 そのため、二人はレーラントからアトラス海岸行きの馬車に乗って、ゆっくりと目的地へと向かっていた。普通ならば、何もないはずの旅路だったが、それは一本の矢がコチラに向かって飛んできたことにより打ち砕かれる。


 商業用の馬車では魔獣や盗賊用に数人の護衛がギルドから排出されている。C~Dランクのハンターならばそこいらの魔獣や盗賊ならば対応できる。しかし、ソフィーらは彼らに任せきりにせず、自分らも外へと出ていく。


 矢が飛んできたほうを見ると土埃を巻き上げる黒い馬、それを追う白い馬が3頭が走っている。問題はそれらの馬に騎士団の所属を示すユニコーンの紋章がついていることだ。


「ちっ、しつけぇぜ!」


 追われていたキースがバンバンと弾丸を放つが、それらは騎士団のプロテクションによって阻まれる。だが、弾丸に驚いた馬は一時的にその動きを止める。


「キースさん、なんで……」


「話はあとだ!今はあいつらをどうにかしねぇとな」


 クレアが横目でみると騎士団同士の戦いに巻き込まれたくないのか二人を見捨てて、すでに馬車は走り出していた。退路が無いと観念したクレアはやれやれといった表情で、キースに力を貸すことにした。すでに馬で追う必要もないと判断したのか、馬から降りてきた騎士団が迫ってくる。


「キースさん、もう一度銃で攻撃してください」


「あぁん!銃ってのは不意打ちで使うから強いんだ。まともに撃ち合ったら、あまり意味がねぇんだよ」


「大丈夫です。私に策があります」


「……わかった。オラよ」


「そう何度も引っかからないよ、プロテクション!」


「今度は違うよ、リフレクション!」


 リフレクションで向きをかえられた弾丸が目の前のプロテクションの壁を迂回し、彼らは背後から銃弾を浴びる。だが、かれらも騎士団の人間、とっさに急所になるところを回避し、手足をかすめる程度だ。


「でもこれでリフレクションを警戒しないといけないはず」


「十分だ。喰らいな」


 先ほどと同じく銃弾が彼らに向かう。下手に防御するよりも接近戦に持ち込んだほうが良いと判断したのか、剣を抜いて襲い掛かる。銃弾を放ったと同時にクレアのアイスニードルも襲い掛かるが、直線的な攻撃は目をつむっても買わせるといわんばかりで、余裕でかわす。


 そして、リフレクションによる背後からの銃撃は仲間の女性がプロテクションでカバーをする。敵ながらに見事なチームプレーだったが、すでに銃から剣での攻撃に切り替えているキースがプロテクションを張るため、後ろを振り向いた女性に襲い掛かる。


 守りの要をつぶされたくない騎士団の男性らは両サイドからキースを挟み撃ちにしようとするが、ソフィーのプロテクションによって阻まれ、1対1のタイマンにもつれる。慌てて、キースの攻撃を防ごうにもプロテクションを張る暇を与えず、深い傷を負ってしまう。


 クレアの近くにいた男性が仲間を討たれた恨みからか、八つ当たりのように彼女に襲い掛かる。クレアは腰元に備え付けられたダガーを手に取り、火花が散りながら斬撃を食い止める。男性が力づくで押し切ろうとするも、リフレクションによって跳ね返ってきた弾丸によって、一度クレアとの距離を取る。


 呪文による攻撃を防ぐため、すぐさま男性が襲い掛かる。武器のリーチ差は一目瞭然。自分の武器は届き、相手の武器は届かない距離から、振り下ろされた狂剣はクレアに必中するものと確信していた。だが、先に斬りつけられたのは男性の方だった。


「ぐはぁ……いったいなにが……」


 男性がクレアの持っていたダガーを見ると、細長い青い刀身が伸びており、男性が持っていた剣とほぼ変わらないものへと変貌していた。


「マリアからショートソードのような剣も悪くないといわれましたの。だから彼女が遺してくれたこのダガーを触媒に氷魔法を使った刀身を作成し、疑似ショートソードを作りましたわ」


「そ、そんな子供だましに……おれは……」


「何事も思い込みは危険ということですわ」


 斬りつけた個所が致命傷だったのかクレアは彼女がやっていたように傷口だけ回復させ、彼を捨ておくことにした。すでに防御役の女性を倒したキースが残りの男性も倒したようだ。そちらはソフィーが丁寧に回復させている。


「キースさん、いったい何があったんですか?」


「ああ。いつの間にか裏切り者扱いになってな。馬を奪って王都から逃げたのは良いが、ここまで執拗に追い掛け回されるのは嫌になるぜ」


「……なんで?」


「それは俺が聞きてぇくらいだ。まあ、あの王都での悪魔騒動の際に一般人から見たら、騎士団同士の内紛争いにしか見えなかったからな。団長が反乱軍のリーダーで唆したのが俺ってことになっているらしい」


「無茶苦茶ですわね……」


「だろ。しかも、俺たちと一緒に戦ったクラインとアリスは身内殺しの罪で二度とシャバには戻ってこれない監獄塔行きだ」


「そんな……あのときはみんなデーモンに操られていたからああするしか……」


「本当はそうだったんだろうな。だが、上は誰に責任を擦り付けるかを考えてもっともらしい理由をつけて国民に理解してもらうのが仕事だ。真偽なんて関係ないのさ。無実……っていうと語弊はあるかもしれねぇが少なくとも最善の手だったとは俺は思うぜ。イチかバチかで監獄塔に向かうとするか」


 キースは馬に跨り、その場から離れようとしたが、ソフィーに呼びかけられる。


「待ってください。私たちもキースさんの手伝いをさせてください」


「……面白れぇ、何ができるか教えな」


 キースは馬から降りて、地面に監獄塔周辺の簡単な上面図、コの字の中心部に〇を描いている。


「監獄塔は3辺を崖に囲まれている。つまり、侵入するには正面しか入るしかねぇってわけだ。だからこそ、警備の連中は正面に重点的に置かれている」


「では崖から塔の上部に飛び移るのはどうでしょう?」


「それもダメだな。さすがに飛び降りるには距離がある。それもあって監視の目は正面にしか向いていないのが奴らの弱点でもある。その隙を突きたいんだが……案が無ければ、特攻を仕掛けるしか方法はないぜ」


「策はあります」


 ソフィーはキースに自分の策を伝える。それを聞いて、時間を惜しんだキースはすぐさま了承した。たった3人でクラインとアリスの救出作戦が始まる。




 一方、そのころ、帝国では特使として式典に参列したアーグレイがモニター越しにニコラス皇帝陛下に悪魔騒動について報告していた。父親が崩御して年若く皇帝となったニコラスは顔色をひとつ変えずに険しい表情のアーグレイの報告を聞いていた。


「アーグレイ、君に何の怪我も無くてよかったと思うよ」


「ありがたきお言葉、恐縮でございます。噂の女神に酷似した女性に助けてもらわなければ、陛下に相まみえることはなかったでしょう」


「女神か……君には特別任務として彼女について調べてもらいたい。私の計画を1度ならず2度も狂わせたからね。最悪は私の息子を利用しても構わんよ」


「へ、陛下……それは」


 ニコラス陛下は何か言いたそうなアーグレイを無視してその通信を切る。そして、ニコラスはこれまでの策を思い返す。


 たかがCランクのハンター如きが才覚だけで天災級の力を得たのか


 デーモンを召喚するのに都合の良い区画整理を請け負ったのは業者は誰の息がかかっていたのか


 彼はすべてを知っている。己が策謀・策略をめぐらしても手にしたい鉱石がその国にはあるからだ。いくら貿易で手に入るといっても、かの国がそれを握っている限り、主導権は向こうにあるも同然だ。


 だからこそ、王国の戦力を削ぎ落し、こちらに抵抗する余力をなくそうとしたが、それは女神と呼ばれている女性によっていずれも失敗している。3度目の手は打ったが、それも失敗すると政治的に不利にならざるを得ない。


「果たして4度目までに間に合うと良いが……」


 ニコラスは黒くなったモニターを見ながらつぶやく。そして、ニコラスは報告書に映っているマリアの写真をみて30代後半の彼の額に険しいしわができる。それは憎い仇敵をみる表情であった。

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