第24話 旅立ちの日

 キースは泣きじゃぐる子供を見て、なぜこうなってしまったのか昨日からの行動を思い返した。



 うす暗い部屋の中、とらえた帝国の人間と思われる黒づくめの男の指を1本ずつへし折っていた。


「これで6本目だが、大人しく吐かねぇか……誰に命令されたかをよぉ」


「へへ、誰が吐くか!」


 先ほどから、拷問にかけても黒づくめの男たちは口を割ることが無かった。他の仲間もあの手この手を試しているようだが、首を横に振っていることからも成果はなしのようだ。

 こうなったら、タクティカルアームズの自分の出番だろうとキースは杖を持ち、呪文を唱える。



 拷問を受けていた男は気が付くと帝国の自室にいた。自室から窓を覗くと、眼下にはゴミ箱をあさる薄汚い孤児にさびれた街、いつもと変わらない光景が広がっていた。そんな光景に驚いているとあのお方の使いの声が聞こえる。


「何処を見ているのかね?」


 男は慌てて、使いの者に向き合う。初めに合った時は胡散臭いやつだったが、前金として札束を渡されば、信用に足りるというもの。それにこの案件を成功できればさらに報酬をもらえ、こんな汚いところから成り上がれるはずだと信じて。


「計画は順調かね」


「ええ。もちろんですとも。王国のローラン大臣とアシュトン副大臣に金を積ませてパレードを指示通りに行わせるようにしました。嗅ぎまわっている騎士団については闇討ちをし、無事その首を取りました」


「ふむ、ご苦労だったな。これは約束の品だ」


 男のもとに金塊が3つも置かれる。1つ1つがずっしりと重く、偽物でないことの証明となっている。男は大事そうに金塊を抱え、よだれを垂らしていた。



 よだれを垂らして幻覚を見ている男のつぶやきを聞いて、キースはどうするかと考える。幻覚で聞いたことに証拠能力などない。いくらでも改ざんや誘導ができるからだ。だが、キースはそこまで器用なことはできないし、その事実こそが逆に信憑性の高い情報源につながる。


(パレード時に要人の暗殺でもするのか、こいつら。万が一に備えてじいさんたちを避難させておくにしても、ローラン大臣はどうするかなぁ……)


 要人を暗殺して国の信頼を落とすというのは十分にありうるし、それが帝国の要人なら戦争の引き金にもなりかねない。そのため、自分が守りたいものはできる限り危険から遠ざけたいという心理が働くのは当然のことだった。


 問題は2名の大臣のことだ。彼らに武器を持って脅すわけにもいかないが、最悪それしかなければそうするしかないと考えた。そして、普段なれない頭を使ったこともあり気分転換のため、外に出ることにした。



 式典前日のパレードでは問題なくその工程を終えたという報告を聞き、やはり本命は当日のパレードかと考えたキースは市内に仕掛けが無いか走り回っていた。パレードが通る大通りや小道を重点的に。通った道を手持ちの市内の地図に黒く塗りつぶしていく。


 そして、キースはその模様が魔法陣のように見え、訝しんだキースは部下から聞いた昨日のパレードのコースも黒く塗りつぶしていく。そこには噴水広場を中心とした1つの魔法陣が浮かび上がる。


「おいおい誰だ、こんなことを考えた奴は……」


 魔法使いが陣を描く際に使う杖や魔導具の代わりに、パレードの山車に使っている魔石によって陣を描いているのだろう。これが何を意味するかは分からないがよくないことが起こるのは確実だ。


 そして、すでに始まっているパレードを止める手段は今のキースにはない。となれば、最高責任者に直接問いただして止めるしか方法はない。キースは舌打ちしながら、ローラン大臣らが待機している城へと走り出した。




「パレードを行う道と時間を整えるだけで大金が手に入るとは思いませんでしたな」


「さよう。しかも、万が一ばれて追放されたとしても亡命ができる準備まで整えてあるとなれば、やらない理由はありませんからな」


「ちっ、そういうことかよ」


 姿を現したキースの声に大臣らが振り返る。手には杖を持ち、目には失望と怒りの色が見える。相手が騎士団であることから、どうあがいても二人の大臣に勝ち目はないのだが、まだ言いくるめると考え口は動いた。


「そうだ。この件を不問にしてはくれないかね。お金はいくらでも弾む。なんだったら爵位をくれてやってもいいぞ」


 ローラン大臣の後ろでこっそりとアシュトン副大臣が呪文を撃つ仕草をしているのを見逃さず、キースは銃に切り替えて、躊躇なくその引き金を引きアシュトンの眉間を撃ちぬいた。


「ま、待て。何だったら君を副大臣のポストに……」


「そうかい……死んでこいや!」


 ローランの額を撃ちぬくと同時にヨシュアがやってくる。フィナーレの花火を打ち上げる音が外から、聞こえる。もう時間が無い彼は短く、二人のこととこれから起こるかもしれない出来事だけを伝える。


「反逆だよ、反逆!これから戦争が起こるんだぜ、ヨシュア!」


 そう言ってキースは窓から飛び降りて、市内へと急いで向かった。



 彼が必死に戦った結果がこれだ。一晩限りの協力者は死に、仲間を散々殺し、それでもなく奴はいる。その悔しさからいらついたキースはそこらのがれきを殴り壊す。


「ちっ、いつまでめそめそしてるんだ。俺は行くぜ、こんなことを考えた奴をぶん殴りにな!」


 そういったキースはどこかへと走り去っていく。続いてクレアが泣き止まないソフィーを慰め、一度宿へと戻っていく。もう戻らない彼女が残してくれた平和を噛みしめながら。




 後日、学園に戻った二人だが、ソフィーが受けた個々の傷はまだ癒えていなかった。光を失ったうつろな目で授業を受け、ふらっとした態度で何も関心を示さず、自室に引きこもるただ生きているだけの屍だった。そんな彼女を見たクラスメートはクレアに何があったのかと問い尋ねる。


 そして、これまでの一連の出来事を事細かく話すと、クラスメートも言葉を失ってしまう。邪龍騒動や一部の生徒はアトランティカでのマリアの戦いぶりを知っているからだ。そんな彼女が相打ちにせざるを得ない相手が想像できない。


「嘘……」


「あのマリアさんがやられるなんてありえねぇだろ!」


「私だって、信じたくありませんわ!でも、死んだ人はどうやっても生き返りませんわ!!」


「そんなの……そんなの……やってみねぇとわからないだろうが!あの人ってワーウルフに襲われたときに生まれた存在なんだろ。だったら、何かきっかけで蘇るかもしれねぇだろうが!俺だったら家の権力だろうとなんだって使って……」


「エディ、落ち着いて!」


「……きっかけで……生まれた……?」


 クレアの胸くらをつかんだエディをアルフォンスが引きはがす。だが、エディの言葉にクレアは一筋の光明が生まれた気がした。


(そもそもマリアがなぜ生まれたのかはわかっていませんでしたわ。それを調べているのは……)


 クレアはその答えを知っている身近な人間に思い当たる。何も悩む必要はなかったのだ。答えは身近にあるものだと気が付く。


「助かりましたわ、エディ。貴方が単純な人で!」


「えっ……それって、褒めてねぇだろうが!」


 クレアがわき目もふらずに走り出すのを見届けるクラスメートたち。7年間も付き合った彼女ならきっとソフィーとマリアを助けることができるという妙な信頼感を感じていた。


 うす暗い自室のベッドの上でソフィーは体育すわりで何もすることもなく、時間が過ぎるのを待っていた。そんなときだったクレアが扉を勢い良く開けてやってきたのは。


「行きますわよ」


「……どこに?」


「お父様のところですわ」


 ソフィーはクレアに無理やり引っ張られ、ウィリアムの自室へと入っていく。分厚い本を見ていたウィリアムが読むのを中断して、クレアたちが何を話すのかを待った。


「お父様、マリアさんのこと、何かわかったことはありませんの!?」


「……7年前の宿題ってわけだね」


 クレアの言葉にウィリアムは真剣な眼差しで二人を見る。そして、ウィリアムはこれまでの調査とクレアから聞いた出来事と照らし合わせながら、自分の推論を語っていく。


「話す前に何かしらの齟齬があれば教えてほしい。この仮説はそれがおそらく重要なカギになるからね。まず、マリアの金色の魔力光……アトランティカの巫女が女神から神託を授かるとき同じ色の光が放たれることが分かった。これは君たちも実際に見たんじゃないのかな」


 ウィリアムの話を聞いてソフィーは姉のルーツが気になるのか、目に光が戻り始める。


「確かに同じ金色の光でしたわ」


「つまり、あの魔力光は女神様由来の者と……」


「さすがにそれは早計だと思いますわ。道具を使用して神託をしていたからトリックの可能性も……」


「アトランティカの末裔がいるダーウィン聖堂教会の巫女様も神託をする際は金色の魔力光を放つと言われているよ。道具が滅亡した際に失われている可能性が高い以上……」


「ちょっと待ってください。確か巫女様も普通の魔力光のはずですわ!」


 ソフィーはクレアの言葉にコクリと頷く。金色の魔力光を放つのは姉のマリアだけ。だからこそ、アークライト家は興味を持ち、自分を引き取ったはずだと。この認識の差異は何が原因だろうかと考え始める。


「そう、この齟齬が仮説の終着点さ」


「タイムパラドックス?」


「そうですわ!私たちがアトランティカの滅亡を遅らせたことで、のちに末裔が出るほど生き延びた。でも、私たちは改変前の記憶を持っているからこんなややこしい事態になっているのですわ」


「タイムトラベルの話にたどり着いたから、これまでの話を分かりやすくまとめよう。まず、改変前より前の世界をα世界と名付け、改変前世界をβ世界、今の世界をγ世界と名付ける」


 ウィリアムが紙にさらさらときれいな字で書いていく。それにはこう書いてあった。


 α世界:少なくともエディ君はタイムトラベル(剣の存在より)、リヴァイアサンによりアトランティカ滅亡


 β世界:タイムトラベルによりアトランティカの滅亡を救う→γ世界に移行


 γ世界:リヴァイアサンによる滅亡回避→末裔生存によりアトランティカの資料が多く見つかる


「僕たちはタイムトラベルを認識していないから、γ世界の記憶しかないけど、君たちはタイムトラベルを経験したからβ世界の記憶を持っているということになる」


「では、今のお父様と私の知っているお父様は別人……ということですの!?」


「平行世界の別人といわれば否定できない状況だね……お父様じゃないわと言って縁を切るかい?」


「……考えてみたら、少なくともこの数か月過ごしましたが、ちっ――とも父親らしいことをして貰ってなかったので、今更別人でも構いませんわ」


「そ、それは……すまない。なんか家族サービスしないと……ってそういっている場合じゃない。タイムトラベルが明らかにアトランティカの滅亡の有無で別れていることが重要なんだ」


 少し拗ねてるクレアにあたふたしながらウィリアムは説明を続ける。


「タイムトラベルを引き起こした謎の人物Xはアトランティカの関係者、しかも当時の巫女である可能性が高く、しかもその巫女はマリアを生み出した可能性が高い。どのようにやったのかはわからないが、末裔の巫女様ならば何かを知っている可能性が高いと睨んでいる」


「そこに行けば……お姉ちゃんに会える?」


「何らかの秘法、秘術が残っていればね。ここから王都を超え、さらに東の国境、マデカーイ山脈にその聖堂教会はある。山に移り住むほど彼らは津波を恐れたんだろう」


 ソフィーは立ち上がる。その眼に光を灯しながら。それを見たウィリアムは二人を見ながら、意を決する。


「学園には僕から話をつけるとしよう。だが、外に出れば今のご時世、味方と思っていたものに敵だと思われ討たれるかもしれない。それでも行くんだね」


「「はい」」


「よろしい。こんなこともあろうかと旅の支度はボーガンに頼んで済ませておいた。今日はゆっくりと休んで明日の早朝に出ると良い。そして、『3人』で帰ってくること良いね」


 ウィリアムの言葉にソフィーたちは必ず戻ってくると誓う。


 これは奪われたものを取り戻す戦い。


 2人の長い旅路は今始まった。

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