第23話 命の輝き

 今晩、叙勲式が行われる会場の設置のため、噴水広場の警備を任されることになったクラインとアリス。突貫工事とはいえ、魔法で資材を浮かせ、ゴーレムで人手不足を補うやり方は魔法が発達した王国ならではの光景だ。


 すでに噴水は撤去され、スタジアムのような観客席がぐるりと広場を囲んでいる。この分なら、予定通り夕方にはすべての作業を終えることができる速さであった。


「あーあ、何も無いと暇よね」


「トラブルが起こるよりかは暇なほうが良いがな」


「それもそうよね。叙勲式の会場に入れない人のためにパレードも同時に行うとか警備が大変でしょうに」


「団長もそれにはご立腹だったな。ヨシュアが諌めなかったら、あのまま槍を抜いて大臣に襲い掛かっていたかもしれん」


「堪忍袋の緒が切れやすい団長だとやりかねないのが笑えないわ……」


 騎士団にとっても色々と不満が募る叙勲式だが、任務なら仕方が無いと二人は警備に戻る。街の中心部である広場に入れないと不満を言う住人たちのクレームにも丁寧に対応しないといけないため、魔獣退治の方が楽だと心の中で思うのであった。



 そして、叙勲式の準備が整い、招待客が続々と特設会場へと入っていく。王国内の重鎮はさることながら、白ひげを生やした鋭い眼光の初老の男性である隣国の帝国の特使アーグレイ・ロマノフ三世も参列していた。


 名前や顔は知っているが、実際に見たことはない面々にクラインらはこの任務の重要性を改めて知ることになる。招待客であるクレアたちがクラインらに気づき、話しかけようと近づいてくる。


「あれ? なんでソフィーちゃんじゃなくてマリアちゃんなの?」


「一般市民は知らんが、女神が金髪赤眼の女性というのは上層部なら知っている。余計な騒動になる前にどこかでソフィーに戻ったほうが良いだろう」


「そうしたいところだが、『私』が帝国に狙われている。これがその証拠だ」


 クラインがマリアから指示書を受け取ると、ソフィーに当てはまる特徴と高額な賞金がかけられていることに驚く。このような情報は騎士団でも出回っていなかったからだ。


「……わかった。中に入っても構わんが、騒動になると思ったら、すぐ立ち去れよ。俺たちはこの近辺にいるから、手助けくらいならできるかもしれん」


 マリアたちが会場の中へと入ると、煌びやかな衣装を身に纏ったご年配の方々が多数参列しており、アイアンの知り合いというだけで呼ばれた自分たちは分不相応ではないのかと思うほどだ。


 そして、音楽隊の演奏のもと式典が始まる。国王や大臣らの長たらしい演説が始まり、厳かな重たい空気の中、アイアンが入場する。

 その姿は普段のレザーアーマー姿ではなく、着慣れていないというより明らかに買ったばかりな高そうな正装姿だ。マリアたちに気が付いたのか、二人に軽く手を振ってところ、お偉いさんと思われる年寄りの男性にコホンと咳払いし、注意を促される。


 そして、国王から勲章を渡され、それと同時に外のパレードから花火を打ち上げられる。きれいに色鮮やかなそれは見るものを感動させるものであった……に違いなかった。




 ほぼ同時刻。主のいない城では職務のため数名の大臣とその使用人、それらを守るため、騎士団がいた。人手の多くが城下町に割いているため、書面仕事を担当することが多いヨシュアもこうして城内のパトロールをしていた。


(ん? 今、物音が……)


 何かが倒れるような音がしたのは大臣がいるはずの部屋だ。もしや賊が入ったのではと考えたヨシュアはすぐさまドアを開ける。そこにいたのは頭部から血を流している大臣らと銃を持ったまま立っているキースの姿だ。銃口からは煙が立ち上っており、たった今撃ったことがわかる。


「キース、いったい何があった?」


「へへ、決まっているだろう。反逆だよ、反逆!これから戦争が起こるんだぜ、ヨシュア!」


 そう言い残したキースが窓から飛び降り、城下町へと走り去る。大臣の額には明らかに銃で撃たれた跡があり、キースが撃った可能性が高い。「なぜ、彼が反逆を起こしたのか」を考える前にヨシュアは部下たちに、城内の守りを命じ、キースの後を追うのであった。



 花火が撃ちあがった、その直後だった。城下町の地面から黒い光が迸ったのは。その光は城下町をくるりと回り、市内の大通りや小道を駆け巡る。もし、上空からその様子を見ることができれば、魔法陣を描いていることに気が付いただろう。


 わけのわからない現象に、市民はおろか会場の中の人間もパニックになっていた。不測の事態に騎士団の人間は会場にいた招待客らを城下町の外へ誘導していく。その誘導のさなか、噴水があった場所に黒い靄が集まり、徐々に巨大化していく。


 宙に現れたそれは上半身だけにもかかわらず天を衝くほどの大きさで、ヤギのような頭蓋骨に、巨大な蝙蝠のような羽をもつ神話で出てくるような悪魔そのものであった。


「な、なんだあれは……?」


「し、知らないわよ……」


「とりあえず、マリアのもとへ行くぞ!」


「ええ、あの子なら何か知っているかも」


 対処に困ったクラインがマリアのもとへと向かおうとしたとき、「その必要はない!」とアイアンを引き連れた彼女から声をかけられる。その声色からもよほど余裕のない様子が伺え、彼らに緊張が走る。


「詳しい説明はあとだ。とにかく全員に攻撃するなと命令しろ!早く!」


「何を言っている。何かが起こる前に攻撃するのは戦略の基本だろうが」


「こいつはその基本が効かん!犠牲が増える前に早く!!」


「ええい、よくわからんが、総員に通達。戦闘を避け、避難を最優先に……『総員、突撃!』」


 クラインが命令を出す前にレオンの攻撃命令が繰り出される。基本的に上司の命令が最優先となるため、その指示に従い、避難誘導していた騎士団以外、悪魔に攻撃する。


「喰らえ、化け物!ブレイクハォァァァァト!!」


 レオンの槍が光り輝き、一条の矢となって悪魔の心臓部を貫く。だが、一瞬にしてその傷がふさがってしまう。着地したレオンに近くにいた騎士団の団員が駆け寄る。


「すみません、遅れました。それにしても団長の攻撃を受けてもビクともしないなんて……えっ……」


 若者の胸がレオンの槍によって貫かれる。その理由がわからない若者は口をパクパクと開けるが、言葉にならず崩れ落ちた。おかしいのはレオンだけではない。攻撃に参加した騎士団の人間は手当たり次第に物を、守るべき市民に攻撃していた。


 それをみたクラインたちは急いで、攻撃してきたかつての同胞を斬りつける。市民を傷つけた以上、あれは敵だと割り切る。手持ちの武器が無いアイアンは以前のようにマリアから光の剣を貸してもらい、戦いに参加する。


「間に合わなかったか!」


「一体何が起こっているんだ、答えろ!」


「あれは天災級魔人デーモン。人の魂を奪い操る悪魔だ」


「メチャクチャにもほどありますわ!なんかカラクリはあるんでしょう」


「当たり前だ、ノーコストで操るわけではない。魂を奪ったものしか操れない。その条件は……」


「攻撃されることか!」


「正解だ。奴は攻撃ができない代わりに一度でも攻撃を受ければその魂を奪うことができる。つまりデーモンを倒すためには一度で倒せるだけの大火力をぶつけるしかない。倒すか攻撃させるかすれば、魂は返却されるからな」


「でも、隊長の攻撃を一瞬で治したのよ。そんな大火力どこにあるのよ」


「……1つだけ策はある。私のセイクリッドテンペストの完全開放、シン・セイクリッドテンペストならあれを倒せるかもしれん」


「リヴァイアサンの津波を追い払った技ですわね」


「シルヴァの時の奴よりも強い技か!それならやれる!」


「だが、アテナ様が居ない以上アトランティカの時みたいにショートカットはできん。唱えるにはそれなりの時間がかかるが、今この現状では……」


 次から次へと襲い掛かってくる騎士団。一人一人が手練れということもあり、1人に対し複数人で対応しなければこちらがやられそうになるほどだ。マリアを守りながら一般人をも守り抜くのは到底不可能であった。


 しかも、マリアのもとにレオンがやってきて、鋭い槍でその命を奪おうとする。それを剣で受け止めようとするも一発受けただけでひびが入り、割れそうになる。すぐさま別の剣を作ろうとすると、そのわずかなスキを与えないように衝きを行ってくる。


「くっ……このままでは……せめてあと一人、Aランクが居れば」



 神父は走っていた。わけのわからない暴動がおこったからだ。市民を守るはずの騎士団が突如としてその刃を市民に向けたからだ。そのせいで、避難誘導していた騎士団すら敵に見えた市民らはバラバラに逃げ回り、親とはぐれた子供たちが泣き叫び、民家がごうごうと燃えている。


 その光景はまさに地獄だった。地獄としか言いようがなかった。


 神父が躓き、転ぶとそれを好機と見た騎士がその剣を彼に向けて振りぬこうとする。もうだめかと思った時、一発の銃声と共に騎士が倒れる。


「よお、じいさん。まだ生きていたか?」


「当たり前じゃわい!」


 何度目のやり取りかすらわからないいつもの文句に一安心する。少なくとも彼は敵ではないからだ。


「一体、何が起こっているんじゃ!」


「さあな。とにかくじいさんはもうすぐ戻ってくるガキらにこのことを伝えて逃げろよ」


「おぬし、このことをわかって……」


「何かが起こるとは思っていたが、ここまでとは思っていねぇよ。とにかく裏切った連中には喝を入れておいたから、じいさんは逃げな」


「……生きて帰れよ、悪ガキ」


 神父が城下町から出ていくのを見届けたのを見て、キースはやってくる同胞たちに向けて斧を振りまわして、その胴体を裂いていく。


「雑魚は引っ込んでな!クラインの野郎と隊長は確か……会場にいたな!」


 会場に進むため、杖に持ち替え、道を塞いでいる敵を焼き払っていく。すでにことがきれた母親に泣きわめく子をみつけた彼は、近くにいた見知らぬ男性に子供を投げわたし、怒鳴り散らす。


「こいつをつれて外に出ろ!」


「私、この子の親でもな……」


「出ろ!って言っているんだ。それともこいつらみたいに死にてぇのか!」


「ひぃぃぃぃぃ!」


 子供を抱きかかえ、男性が城下町の外へ出ていく。会場までもう少しのところで、キースはクラインらが騎士団と戦っているのを見た。正常な判断していることに喜びを噛みしめながら、キースはその表情を顔を出さないようにする。


「よう。まだ死んでなかったか!」


「お前もな!」


 互いに背中を合わせ、前にいる敵をその手に握った剣で斬っていく。互いの力量を知っているからこそ、背中を任せれるのだ。


「キース、すまないが、コイツの相手をしてくれ」


「おいおい、隊長は敵かよ。まあ、こういった機会でもないと、戦えないけどなぁ!!」


 攻撃に魔法が使えないマリアは防戦一方のレオンの相手をキースに任せた。レオンの気をこちらに向けるため、当たらないとわかっている銃撃を行い、自身を敵だと認識させる。振り向いた一瞬のスキを突き、マリアはその場から離脱していく。


 十分に離れたところで、マリアは最期の呪文を唱える。その一撃がみんなを救うと信じて。


(……1つ伝えていないことがある。デーモンを倒せば、奪われた魂は死んでいなければ元の身体に戻る。だが、すでに魂の入った身体には戻らない)


 これから起こる結末を知っているマリアはそのことを中にいるソフィーにも伝わらないようにする。きっとその結末を知れば、無理にでもマリアから主導権を奪うに違いなかったからだ。


「行くぞ、デーモン!我が魂よ、女神アイリスの名のもと、豊穣の剣に宿りて、その力を開放せよ!」


 涙を浮かべながら、白銀の大剣を手に取り、身体全身が金色に輝く。


「金色の嵐よ、邪気を払い、救国の一撃となれ!シン・セイクリッドテンペストォォォォォオ!!」


 剣から放たれた金色の渦はデーモンの心臓部にめがけて突き進む。それをみたデーモンは直撃は不味いと判断したのか黒い渦を放ち、相殺しようとする。それと同時に操られていた騎士団はガクンと糸が切れた人形のように倒れる。


「あいにく私は貴様に渡すような魂を持っていなくてな。この魂、すべて燃やし尽くすまでだ!シン・セクリッドテンペスト・オーバーロォォォォォド!!」


 金色の渦はあとから来た銀色の嵐と交わり、金と銀の二重螺旋を描き、黒い渦を押し戻していく。一般人も彼らを守るため戦っていた人たちも、手を止め、あまりにも美しいそれを見ていた。


「これが人の!そして、私の!最期の輝きだぁぁぁぁ!」


 二重らせんの光がデーモンの心臓部を浄化し、Uターンした光が続いて頭部を消し去り、デーモンは霧散していった。


(さよなら……ソフィー)




 ソフィーはぽたぽたと涙を流していた。何度、自分の心に聞いても返事が無いからだ。疲れていても、存在を感じていた姉はまるで消えたかのように何も感じない。


(嘘だよね……嘘だと言ってよ……)


 周りが生き残っていることに喜んでいる中、ソフィーはもういない姉に涙を流す。真っ先に駆け寄ったクレアはその様子を見て「嘘……」と漏らす。

 最悪の結果にクラインは力が足りなかった自分に歯噛みし、アリスはそんな彼に寄り添う。アイアンは泣きたくなる自分を必死に抑えようとするも、涙があふれてくる。


「マリア……おねえちゃぁぁぁぁん!!」


 彼女からの返事はなかった。それが全てだった。

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