第22話 初めての日常生活

 マリアはクレアの提案に乗るかどうかすぐに答えず、思案していた。身の安全だけを考えるなら、最善の行動は宿に戻り、引きこもること。だが、これはフラストレーションがたまり、モチベーションの低下による戦力の低下につながる。

 そう考えると、ストレス解消につながる観光やショッピングなどは良い解決手段かもしれないと考えなおし、マリアはその提案を承諾することにした。


「ああ。別に構わないが……どこに行くんだ?」


「まずは昨日行けなかった王都国立博物館に行きましょう」


 クレアがマリアの手を引っ張り、途中で別れることになったクラリスたちに教えてもらった道順で道を歩いていく。初めての市内にマリアがもの珍しそうにちょろちょろと辺りを見渡しながら、ぽつりと一言漏らす。


「やけに金髪の女性が多いな」


 王国では金髪の人は多いが、少なくない茶髪や黒髪の女性も金髪に染めているのがやけに目立つ。それに対し、男性は髪を染めていなさそうだ。


「そりゃあ、貴女が女神呼ばわりされているからよ」


「私が女神呼ばわりされるのとどういう関係が?」


「天災級から2度も救って、見返りを求めない女神(ヒーロー)なんて老若男女問わずあこがれを抱くわ。そうなると今度はそれにあやかろうとよくわからない護符とか女神人形とか作られるの。ここまでわかる?」


「まあ……コダインだとそうなっているとは聞いた」


「で、今度は自分が女神の物まねをしようとするの。でも、女神を直接見た人なんて限られているから、というより私たちしか知らないけど、少しでも聞いたことのある特徴的な部位をまねようとするわ。女神は金髪の女性というのは公に明かされているから……」


「なるほど。眼の色は知らないかどこからか情報が漏れて知ったとしても変えにくいが、金髪なら染めるだけでお手軽というわけだな」


「そういうこと。そのせいで、金髪に染める染料は流行に敏感な王都で大流行。田舎までは中々出回ってこない羽目になったわ」


「その割にはクレアは染めないのか?」


「あら、本物が身近にいるのに紛い事を? 私は美しさを上げるためなら努力を惜しみませんが、偽物の美には興味ありませんの」


 マリアはクレアを改めてじっくりと見る。少女のあどけなさがまだ残っているが、背が伸びて胸も服の上からわかる程度には出始め女性らしいボディラインが形成されつつあり、成長すれば男性を魅了することは間違いないだろう。


 また、海を連想させるようなウェーブかかった青い髪は氷魔法を扱う彼女によく似合う。金髪に染めるとミスマッチでしかない。そう思ったマリアは「そうだな」と言い返すと、クレアは満足そうにする。



 王都の博物館につくと、王国の歴史がつづられた年表や昔の王国の様子が描かれた絵、それを忠実に再現した模型が展示されていた。だが、アトラス海岸の海洋博物館と比べるとどこかそっけないようにも感じる。


(海と内陸部では展示内容の質と量は違う……ということか? しかし、新旧の王都の模型を見て何が楽しいのかよくわからん)


 昔と比べると、今の城下町は区画整備でもしたのかぐるりと円状に囲まれた城壁内部にいくつもの建物が敷き詰められている。中央の噴水広場から放射線状に伸び、蜘蛛の巣のように細かい道が入り組んでいる様子が伺える。


 そして、城下町から城へ続く道は警備のしやすさから一本道になっており、その道の両脇は崖となっているため賊が入りにくくなっている。この道が崩れたら、孤立無援になるのではないかとマリアは思ったが、その欠点は容易に想像できるのだから、何らかの飛行手段などを持ち合わしているのだろうと勝手な解釈をした。


(模型の展示は軍事情報を晒すだけで何の得にもなっていないのでは?)


 しまいにはこの博物館の存在意義すら疑い始めるマリアであった。



 一通りの展示物を見たマリアたちは博物館を出て、近くのカフェで昼食にする。何が何だかよくわからないメニューにマリアはクレアと同じものを頼むことにした。しばらくすると給士服の女性が注文の品を持ってきた。


「お待たせしました。スペシャルキングダムパフェ2つです」


「ぬお……なんだこれは……」


 マリアが今まであげたことの無い驚きの声を上げる。グラスの中には宝石のような様々な色の果物がきれいに詰められている。そのグラスの上にチーズケーキが乗っており、さらにその上にはプリンが乗っており、とどめと言わんばかりにアイスクリームが渦を巻いている。しかも、それらの脇にも果物が埋め込まれている。


 こんなカロリーの爆弾をクレアは美味しそうに食べている。マリアは心の中で「太ったらごめん」とソフィーに謝った後、恐る恐る巨大なパフェに手を伸ばす。


「なるほど。プリンを甘さ控えめにすることで、アイスとの甘さと合わせているのか……このチーズケーキも同じだな。クリームや果物との甘さと邪魔しないように作られている」


 チーズケーキを食べ終わったあたりでそれなりに腹が膨れてしまったが、お残しは敵という家訓に従い、マリアは魔獣でも戦う様な目つきで果物を頬張っていく。


「そんな怖い顔して食べなくてもいいのに」


「いや、しかし、これは……」


「ところで、あの人たちとの戦いどうでした?」


(あの人……ああ、チンピラとのことか)


「私としては家の中という閉鎖空間を利用して、プロテクションでけん制しつつ部屋の隅に追い込んで範囲攻撃を行うと考えていたが、銃を使った攻撃は考えていなかった」


「あら? 貴女でも予想できないことがあるのね」


「私は神様でもなんでもないからな」


 マリアは口直しに頼んでいたコーヒーを飲む。パフェの甘いクリームのおかげで砂糖を入れなくてもおいしく飲める。


「そうですわね……あと私の攻撃をどう思います?」


「どうと言われても……普通だが」


 マリアの返答に納得しない様子でクレアはパフェを食べる。その速度に衰えが無いのは若さゆえかと思いながらマリアが頑張って完食したころには、もう二度とこのメニューは頼まないと硬く誓うのであった。



 日が傾き始め、やや不機嫌なクレアが次に連れてきたのは剣や盾などの武器や防具が売られている店であった。

 白い顎ひげを生やしたドワーフが二人をジロリと見ている。魔術学園の制服を着ているとはいえ、年若い女性と子供が武器屋にくるのは好ましくないのだろう。そんなことを気にせず、近くにあった剣を手に取りながらクレアはマリアに話しかける。


「あの戦いで接近戦に用いられた場合、対処方法の少なさが気になりましたの」


「クレアの戦闘スタイルは無理に近接戦に対応するよりも後列からの補助攻撃が合っていると思うが」


「ですが、仲間とはぐれて後列同士の組み合わせでパーティを組むことになるケースもあるでしょう。そう考えると接近戦に持ち込まれても大丈夫なよう何らかの対処は必要になると思いましたの」


 マリアはクレアの言うことにも一理あると考え直し、飾られている武器や箱にしまわれている量産品のダガーやナイフを見る。その中から、良さそうなダガーを1本取り出す。


「ショートソードのような剣も悪くないが、緊急時に取り扱うとなるとダガーやナイフのほうが取り扱いはしやすいだろう。それに遭難時には物を切ったり、削ったりしやすいのは剣よりも利点がある」


「ダガー……両刃の短剣でしたわね。これなら強化魔法を使う必要もありませんし、良さそうですわ」


 クレアがマリアから受け取ったダガーをドワーフの店長にもっていき、会計をしようとしたとき、ドワーフが話しかける。


「お譲ちゃん、あんたいい目を持っているな」


「ん? ああ、あのダガーだけ妙に出来が良かったな」


「そうかそうか。いやあ、あれはウチのバカ息子が作った品なんじゃ。昔、あることで喧嘩しちまってよ、それっきり戻ってこなくてのう……今はどこで何をしているのやら」


「そのような品物を売っていいのか?」


「武器は持っててうれしいコレクションじゃないからな。使ってくれる奴がいて初めて輝くってものよ」


「大切に使わせてもらいますわ」


 クレアが代金を払い、1本のダガーを購入する。ことのついでだと思いマリアは店長に質問をする。


「パラライズナイフというものは知っているか?」


「ああ、知っているよ。ナイフを作る際にコパール鉱石とドラゴナイトを鉄と一緒に入れるんだ。すると、魔力の通りが良くなるから、麻痺系の魔法を付与しやすくなってパラライズナイフの完成ってわけだ」


「ここでは作ってないのか? 見当たらないようだが」


「コパール鉱石は帝国でしか取れないからな。そう簡単には仕入れができん。向こうは向こうでドラゴナイトが手に入らない上に魔法使いが少ないから魔法の付与もできんがな」


「そう考えると、王国内でパラライズナイフが2本も見つかったのは珍しいですわね」


 クレアたちが見たパラライズナイフは1本がシルバー、もう1本はチンピラのボスだ。Cランクのハンターであったシルバーが持っているのはおかしくないが、チンピラのボスが希少性の高いナイフを持っているのは違和感しかない。


「仮に原料の鉱石を持っていたら、この場で作れるものだろうか?」


「あるなら作れるぞ。わしは魔力付与が苦手じゃが、できんことはないしのう……こういうときにバカ息子がいてくれたら……」


「息子は優秀だったんだな」


「ああ、わしの自慢のバカ息子じゃよ……」


 店長が横目で店内に飾られている写真立てを見る。そこには奥さんらしい女性とドワーフ特融の樽のような体型の少年が幸せそうに笑って映っていた。

 クレアが会計を済ませると、店長はさびしそうな背中を見せながら、店の奥へとはいって行くのであった。


 日が暮れ始め、そろそろ宿に戻ろうかと考えていたクレアはマリアに行きたいところがあるといわれて目をきょとんとさせる。どこに行きたいのか気になったクレアはマリアの後をついていくと、1軒の何の変哲もない教会にたどりついた。


 教会の周りではスラム街の子供たちと違い、元気に教会の周りを走り回ったり、地面に絵を描いたりしている。噴水広場を挟んで反対側に位置していることもあり、陰と陽の正反対の印象を二人に与える。


 教会の中へ入ると、女神像とその前に数人のシスターと初老の神父がおり、足をけがした人を治療しているところだった。神父がかざした手から白い光がぽわっと出ると、傷口が一瞬にしてふさがっていく。怪我した男性が神父に礼を述べると、教会から立ち去った。


「君たちの用件は? 一見したところ、健康そうじゃが……」


「いえ、私はただ祈りに来ました。こことは違いますが、私が生まれるきっかけをくださった場所なので」


「うむ。それは殊勝な心掛けじゃ。女神様はいつでもそなたらのことを見守ってくれておるぞ」


「ええ。女神様はいつでもここに……」


 マリアは目を閉じて、静かに祈った。自分の知る女神に。



 そして、祈りを終え、二人が宿へと帰ろうとしたとき、教会の扉がバンと勢いよく開かれる。その扉の先にはキースがキリングベアーを担いでいた。


「よお、じいさん。まだ生きていたか?」


「当たり前じゃわい!おぬしも変わっておらんの……年をくっても悪ガキのままじゃ!」


「ちょっと、いたずらしてたくらいでそう怒るなよ。近くでクマを見かけたから、狩ってきたぜ。保存用の魔法をかけているから、明日くっても問題ないだろうよ」


「すげー、キース兄ちゃんがとったの?」


「おうよ。明日のちんけな授与式なんか行くより、少し離れたところにある丘でバーベキューでもしてきな」


「やれやれ。ワシ、授与式に呼ばれているんじゃが……」


「だったら、シスターに子供の世話させりゃあ良いだろうが。明日、1日休んだところで罰は当たんねぇよ」


 子供たちが外でワイワイと騒いでいる子供らを見て、神父は「いまさら無しとは言えない」と思い、ガクッと首を垂れる。


「こういう悪知恵だけは働くから困るんじゃ……」


「あの、二人はどういう関係で?」


 すっかり蚊帳の外になっていたクレアたちが神父たちに尋ねる。


「てめぇら居たのか? 1戦交わりたいところだが、さすがにここではやらねぇよ。どういう関係だったな?まあ、昨日、あいつらをおびき寄せるのに一役かってくれたから教えてやってもいいぜ」


「コイツはこの教会の前で捨てられた孤児でな。まっとうな大人に育てようとしたんじゃが、どう教育を間違えたか騎士団でも有数の問題児になってしもうたんじゃ……」


「ほめても何もでねぇぜ」


「ほめてないわい!」


「ちょっと武器のメンテナンスがあるから、地下を借りるぜ」


「いつまでも、ここの地下を使わなくても一軒家でも立てたらいいじゃろ」


「それもいいんだが、武器代で俺の給料は飛ぶんだ、これが」


 キースは教会の奥の部屋の隠し通路から地下室へと入っていく。そこには剣や盾、斧や槍、大小様々な銃やそれ用の弾がきっちりと置かれていた。キースはそれらの武器を研いだり、油を指したりして、メンテナンスをしている。


 キースのタクティカルアームズは地下室の特定の座標にある武器を転移魔法で交換することで、状況に応じた武器を選択できるというもの。その座標が大きくずれないように定期的に武器庫に行き、確認を行わないといけない。この欠点があるがゆえに誰も彼の真似をしようともしないし、理解もされない。


 だが、彼は教会にいる子供たちが笑顔で迎えてくれるこの場所に訪れる口実としては最適であり、この戦術を好んでいた。だからこそ、彼はこの国を覆う黒い影を撃つため、黒光りする武器を睨めつけていた。



 教会から出た2人が大通りに出ると、華やかな衣装を着た人たちが踊りながら、魔法で浮かせた色とりどりに光っている山車が市内を回っていた。


「何をやっているんだ」


「確か授与式の前日と当日にパレードを開くと聞きましたわ」


「ぱれえど?」


「ええ。夜にああやって無駄な浪費をすることで国力の高さを誇示する儀礼だとか。私も初めて見たので、詳しいことは知りませんが」


「なんの意味があるんだ?」


「さあ……」


 華やかなパレードに興味のない二人は観光客の流れに逆らいながら、宿へと戻るのであった。

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