第19話 サマーバケーション!
夏休み初日にタイムスリップというとんでもない体験をしてしまったソフィーだが、まだ夏休みは始まったばかり。いろいろと溜まったストレスを発散させるかのように、学園指定のスクール水着へと着替えた生徒たちは海へと飛び込んだ。
そこではまぶしい太陽がサンサンと輝いている中、水をかけあっている生徒や海の中を泳いで魚を捕まえようと躍起になっているもの、適当なゴール地点を決めて泳いでいるものと様々だった。
しばらくした後、はしゃいで泳ぎ疲れたエディは友達のアルフォンスと共に浜辺で一休みすることにした。辺りを見渡すと女子の大半はすでに海から出ており、どこか買い物にでも行ったようだ。
残っているのはアトランティカで苦楽を共にしたソフィーとローラ、体力自慢の男子と少数の女子だった。
それをぼーっと見ながら、エディはアルフォンスに言う。
「俺たちのクラスの女子って、かわいいやつ多いよな」
「貴族出身が多いから、血筋とかで自然とそうなるんじゃない? 醜聞嫌うから、昔は髪の毛の色や瞳の色が他の人と違うだけで捨てられたなんて聞くし」
(貴族出身じゃないやつって、俺たちのクラスだとソフィーだけか……)
エディは風魔法を使って顔の周りに空気の層を作って水中の中の生物を観察しているソフィーやローラの方を見る。ソフィーの常識にとらわれない風魔法にああいう使い方あったんだなと感心する。
「カニさん、みーっつけ!」
元気よく小さい赤いカニをつかんで、はしゃいでいる。邪魔にならないように、銀髪の髪をヘアゴムで止めているが、それがぴょこぴょこ跳ねて彼女の活発さと可愛らしさを出している。
(あれでマリアさんみたいに美人になるなら……)
「おや、エディ君、もしかして……」
エディは茶化すような含み笑いをするアルフォンスに「うるせぇ」と言い返す。
「家督はアニキに譲ったとしても伯爵家の次男が平民との結婚なんざ無理に決まっているだろ」
「誰もソフィーのこととは言ってないけどね」
「……うるせぇ。それにしてもここって帝国のもの色々と売っているよな」
「まあ、陸路は山脈があるから無理だし、海路による貿易が中心になるのは当然だもの」
帝国の国境にはマデカーイ山脈と呼ばれる高さ2000m級の山々が連なっており、厳しい環境下で生き残ってきたキリングベアーやデスグレムリン等の凶暴な魔獣も数多く生息している。そのため、貿易の障害になっていると同時に天然の防壁にもなっているのだ。
そのため、王国との貿易は必然的に海路によるものとなり、有数の港町でもあるアトラス海岸が帝国と密な関係になるのは至極当然であった。
「船も帝国産ばっかだし、戦ったら船が無くて負けるんじゃね?」
「それはどうだろう。海を封じても内陸で自給できるし、他の国が黙ってないと思う。早くに内陸も制圧できたらわからないけど、騎士団の人たちもいるから無理だと思う」
エディはアルフォンスの言葉にこくりと頷く。エディは騎士団のクラインとアリスが全体の中でどれだけの強さを持つかは知らないが、Aランクのハンターなのだから、上位に入り込んでいるはずと思った。
そんな騎士団の強さを目の当たりにしている彼らがたとえ帝国が精鋭たちを送り込んでも地の利がある以上、そう簡単には負けないと考えた。
「そりゃあ100年も戦争しないわけだ。さてと、十分に休んだし、もうひとおよ……」
そんなときに、警報が鳴り響く。まさか、またリヴァイアサンかと身構えるエディたちだったが、それよりも小さな魚影が数十頭がこちらに向かっている。
空飛ぶ鮫フライイングシャーク、上品な甘みがある脂が乗ったクリームフィッシュ、近海の暴れん坊ジェネラルマッカレル、他にも数種類の群れだ。
「なあ、こいつらって食えるのか?」
「ジェネラルマッカレルは骨が多いし、フライングシャークは食べ物というより羽根が魔法の触媒としての用途があるからそっち方面で狩られることが多い。でも、クリームフィッシュは鮮度がいいうちに軽くあぶって塩焼きにするとおいしいって聞いたことがあるよ」
「よーし、今日は海鮮バーベキューな」
「良いね、あれだけあったらみんなの分も賄えるよ」
エディがビーチに突き刺しておいた自分の剣を拾い上げ、アルフォンスが風の刃で羽を切り落としてフライングシャークをただの鮫にする。ただの鮫がエディの剣を避けれるはずもなく、食材になっていく。
アルフォンスは得られた羽が海水につからないように、風魔法でふわりと浮かせ、自分の手元に来させる。お金と同じく魔法の触媒はいくらあっても困らないものだ。
狩られている魚も自分たちの命が惜しいのか逃げようとするも、ソフィーのプロテクションの壁に阻まれ、逃げ出すことができない。
「これで逃げられないよ」
「プロテクションって便利な魔法だったんだな」
「もう盾というより壁や床を作り出す呪文だよ、あれ。」
あいも変わらず変な使い方をするソフィーに対し、二人はあきれながらも感心していた。前門の生徒、後門の壁となり、目をギラギラと輝かせながら口元からよだれが出ている生徒らに怯えつつも果敢に挑む魚だったが、めでたく食材として散るのであった。
その夜、生徒らは捕まえたばかりの魚と買ってきた野菜で浜辺の海鮮バーベキューを楽しんでいた。ワイワイと楽しんでいる子供たちを見ていたら、このほとんどが貴族の人間だとはだれも思わないだろう。
彼らにとって、身分関係なく騒ぐことができるのはこの数年しかない。学園を卒業をしたら、ハンターとしての生活か卒業生という箔がついた状態で貴族として社交の場にでるかの2択だ。そして、事情が無い限りは大体は後者を選ぶ。だからこそ、彼らは今を楽しんでいるのだ。
ソフィーが生焼けで食べて食あたりを起こした男子生徒を回復魔法で治した後、ホクホクの焼き魚を手に取る。皮がパリッと焼けてほしい、ほんのりとした塩味が魚の旨味を引き立てる。
周りを見渡すと、食べきれないほどあったはずの食材が底をつき、「もう食べられない」と言って砂浜で横になっている男子が数名いた。
(楽しかったか、「私」?)
「うん。来年もみんなで行けたらいいよね」
(ああ、そうだな。来年は魚採りをしてみたい)
「あれは……そうそう来ないんじゃないかな」
(かもしれない。だが、私もああやってみんなと楽しみたい)
「じゃあ、明日は私の身体貸してあげるね」
(いや、「私」はみんなと今を楽しんでほしい。私は眺めるだけで良い……)
(もし、私に肉体があれば、今を楽しめたのだろうか……私が感傷に浸るのはこの海のせいだな)
マリアはソフィーと一緒にザバーンと唸る海の波の音を聞く。明日も来年も再来年も十年先だろうときっと変わらない波の音色は彼女らを静かに包み込むのだった。
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