第18話 変わる未来

 巫女様は静かに祈りをささげていた。今日はこの国の命運をかけた日。彼女は勇者が1人欠けても、彼らがその災いを倒してくれると信じるしかなかった。けれども、彼女の中には一末の不安がどうしても残ってしまう。

 そんな考えを振り払ってくれるかのように娘のアイリスが声をかける。


「母上、たった今、海岸から大きな音がしました。おそらく、勇者様が戦闘をしているものだと思います」


「……今は2人だけです。畏まらなくてもいいですよ、アイリス」


 巫女様はアイリスをそっと抱きしめる。こみあげてくるものがあるのかアイリスは涙を浮かべる。


「私、怖い。このママがどこかに行きそうで……」


「アイリス、よく聞きなさい。私が居なくなっても、意思を受け継ぐ人がいる限り生き続けるのです」


「ママ、それって……」


 アイリスは嫌な予感が増していくのを感じる。それ以上言わないでと言いたいが、それを口に出すことができない。


「それと同じように私たちが受け継いだ女神の力は、受け継ぐものがいる限り消えることがありません」


 巫女様は一度目を閉じ、この前見たマリアが発した金色の魔力光を思い出す。


(あの人も誰かから受け継いだのでしょう。だとしたら、大丈夫)


 そう自分に言い聞かせ、アイリスを側近の神官たちに任せて、巫女様は彼女たちが待つ戦場へと向かう。




 海岸では戦闘力が一番高いマリアが突出して前へ出て、敵の陣営を2つに分断していた。


「ちっ、ツインパーティクルレイ!」


 両手の魔力弾から放たれた数十本の矢が、両側のフィッシャービーストを貫いていき、屍へと変えていく。だが、それを埋めるかのように海中からフィッシャービーストが現れていく。

 エディが死に物狂いで次々とフィッシャービーストを狩っているが、その脇をすれ違うかのようにフィッシャービーストが抜けていく。


「しまった!2体逃げられた」


「その2体は村の人に任せて、僕たちは被害を最小限に食い止めるんだ」


 アルフォンスの言葉に「おう!」と短く答え、エディが剣を振るおうとしたとき、返り血で手が滑ってしまう。その隙を逃さんとフィッシャービーストが襲い掛かるが、マリアが投げつけた剣が脳天に突き刺さり絶命する。


「その剣を拾え!」


「助かったぜ!」


 普段使っている剣よりも切れ味が良いその剣を存分に扱い、エディは再び敵を斬って、斬りはらっていく。反対側のクレアたちは範囲攻撃をしたクレアの隙を埋めるようにローラが後ろの森からツタを延ばし、鞭でたたくかのように戦っている。


(このままフィッシャービーストを倒し続けば、必ず奴はしびれを切らす……それを信じて戦うしかない)


 そう思って戦うマリアも次第に焦りの色を隠せずにいる。手下を次から次へと倒している者たちを海皇はどう思っているのか……それは暗い海の底にいる本人しかわからない。



 そして、村人たちも自分たちの戦場にいた。海岸と比べると数こそは少ないもののこちらは戦う気があるものが少ない。村人の大半は家に引きこもり、襲われないことを女神に祈るだけである。

 ただ、少ないながらとはいえ少数の村人は必死の思いで戦っていた。その大人の中に1人だけの少年、ガゼルが吠えるように叫ぶ。


「他所から来てくれた勇者様が、ぼ……俺たちのために戦ってくれているんだ!なのに俺たちが逃げてばかりっておかしいだろ!戦って、生き残るんだ!俺は生き残って、外の世界を見たいんだぁぁぁぁあ!!」


 少年の慟哭と共に振るった剣はフィッシャービーストを斬り裂く。そんな彼の言葉を聞いて、家の中に閉じこもっていたある男性は家にあった魔獣退治用の槍を手に取り、外に出ていく。

 そこには彼が想像していたよりも、多くの魔獣が田畑を荒らしながらもそれに応戦する人の姿があった。


「こんな中で戦っていたんだ。あの少年は……大人が逃げていたらダメだよな」


 手に持った槍をぐっと握りしめ、前を見る。その眼には諦めの色はなく、未来を勝ち取るという強い意志が秘められていた。

 そして、また一人、また一人と村人たちが家の外へと出て、フィッシャービーストと戦っていく。少年の最初は無謀だったものが勇気へと変わり、その勇気が村人たちを勇者へと変貌させていく。


 その様子を神殿から出たばかりの巫女様が見る。今までの歴史の中で、これほどまでに何かをなそうという強い意志を国民が見せたことはあるだろうか。

 感慨深げにその光景を見ている場合ではないと思いを胸に、腕に覚えのある神官たちと海岸へと向かっていく。自分にしかできない仕事だと信じて。



 数を数えるのが馬鹿らしくなるくらいフィッシャービーストの死骸を積み上げたとき、それはようやく姿を現した。海と同じ蒼い色の胴体に金色模様のラインが血管のように走り、太陽がギラギラと照らし出す。その深海のような黒い眼は生徒たちを間違いなく敵として映している。


 A級海皇リヴァイアサンが敵と判断しても、いきなり大技の津波による攻撃をせず、口から放たれる高圧の水のブレスが生徒たちを襲う。予備動作から、マリアはソフィーに素早く交替する。


「プロテクション!」


 まともに受けたら駄目と判断したソフィーはロボット戦と同じく斜めに張ることで、水のブレスを受け流そうとする。だが、それと比べものにならない圧力でプロテクションにひびが入る。


「ダメ……」


(何があっても前を見るんだ。後ろに誰がいるのかを考えるんだ)


(私の後ろには……友達と村の人たちがいる)


(常に考えるんだ。自分がなすべきことを)


(私がやること……それは……)


「プロテクション!」


 ソフィーがプロテクションを張り直し、ブレスの一部をリフレクションによって跳ねし返して、リヴァイアサンをひるませる。その隙に交替したマリアが剣を投げつけ、沖合にいたリヴァイアサンの喉元を貫く。


 のたうち回るリヴァイアサンを見て、勝ったと確信した生徒たちだったが、怒り狂うリヴァイアサンは最期の力を振り絞ってダイダルウェーブ、津波を引き起こし、これから起こりうる惨状を確信しながら絶命した。


 その巨大な津波を見て、勝利の喜びから反転して絶句した生徒たちはマリアの方を見る。だが、マリアでさえ、それには首を横に振るだけであった。もはや打つ手がない、そう思われたとき巫女様とその神官が到着する。


「間に……合わなかったのですか……?」


「ああ。あれを防ぐ術は一つしかないが、魔力が足りない。打つ手なしだ」


 マリアの言葉を聞いて、巫女様は「まだ策がある」と内心喜んで、マリアの手を握る。


「私の魔力……貴女にお渡しします」


「そんなことをすれば、病で体力を削られた貴女は……」


「大丈夫です。それは貴女が一番わかっているでしょう?」


 少しの間を置き、マリアは「わかりました」と答える。迫りくる水の壁を見て、この津波を突破するには力を開放するしかないと考え、詠唱を開始する。


「魂に宿りし浄化の光よ、我が女神……の名のもと、豊穣の剣に宿りて、その力を開放せよ!」


 以前と同じく手持ちの金色に輝る細身の片手剣が金色の光を吸収し、白銀の大剣へと変貌していく。更にそれと同時に変身した瞬間と同様にマリアの身体が金色に輝く。


「金色の嵐よ、邪気を払い、救国の一撃となれ!シン・セイクリッドテンペストォォォォォオ!!」


 マリアが剣を振り払うと、生徒たちの前には壁とも思えるほどの巨大な金色の輝きの嵐が水の壁を抉っていく。そして、暴れまわった嵐はその姿を消し、目の前に残ったのは先までの戦いが嘘のように静まり返った海だった。




 マリアはソフィーの姿に戻り、力を使い果たした巫女様は倒れると神官たちによって運ばれた。倒れた巫女様を心配し、生徒たちもそのあとを追っていく。村人たちも目を覚まさない巫女様のそばに駆け寄り、野次馬と化しているが、神官たちの行き先を邪魔しないようにはしている。


 そして、神殿で待っていたアイリスと共に巫女様をベッドに静かに置かれるが、起きる気配はない。察した彼らは、泣きながら自分の母親を揺するアイリス一人を残して退出した。



 それから、しばらくして心配そうに巫女様がいる神殿を見つめている村人たちの前にアイリスが現れる。そのそばには神官たちの姿も見える。だが、彼ら信奉する巫女様の姿が見られないことからも内部で何があったかは想像がつく。だからこそ、この言葉を聞き逃すわけにはいかなかった。


「聞け、皆の者。我が母は本日をもって神の座に昇り、女神アテナとなった。女神アテナの祝福を受けた私が次の巫女となろう!」


 少女のアイリスが死んだ母親から巫女の名を受け継ぐ。幼い自分では耐えることができない重荷になるのは違いないが、それはそばにいる神官たちとそして、村人の中に混じっているガゼルが居れば、やっていけると信じて手をギュッと握りしめる。


「この度の戦いで傷ついたものたち、そして、勇敢に戦い国を救ってくれた彼らに女神の祝福があらんことを!」


 アイリスは村人よりも、後ろで待機している6人の半透明で今にも消えそうな勇者たちに感謝する。


(貴方たちが居てくれたから、私たちはこうして生きているのです。だから、もし、遠い未来で貴方たちが困っていたら今度は私が……)


 アイリスは今はその先のことを考えないようにした。今、すべきことは彼らを導き、アトランティカを後世まで伝えていくことだ。国が滅んでも人がいる限り、思いは伝わるのだから……




 ソフィーたちは気が付くと、森の中の村から穏やかな海と浜辺、観光客で賑わっている津波が来る前のアトラス海岸が目の前に広がっていた。


「白昼夢……じゃないよね」


「そんなわけねぇよ!」


「とりあえず、博物館へ行きましょう。何か変化があればあそこが一番わかりやすいわ」


 生徒たちは以前、津波が来る少し前までいた博物館へと戻る。受付の女性が再入場する彼らを不思議そうに見ているのを通り過ぎ、古代文明展のブースへと足を運んだ。そこには相も変わらずアトランティカの出土品が展示されている。


「未来は変わらなかったのか……」


「僕らが戦ったのはリヴァイアサンだから、地殻変動を受けて海に沈むことは変わっていないんだと思う」


「でも、この鏡、前は一部だったけど丸々残ってません?」


 ローラが指摘したのは巫女様が掲げていた鏡と同じものと思われる錆びた鏡だ。


「もしかしてだけど、アトランティカの人ってリヴァイアサンの攻撃を受けて滅んだのかな?」


「地殻変動はすでに滅んだ後に起こったと言いたいわけですわね。それなら、私たちの活躍で滅ぼなかったのだから、保存状態が良い状態で出土するかもしれませんわ」


 ソフィーとクレアの会話にみんなでうんうんと頷く。改変前の記憶を唯一持つ人間である彼らにしかわからない説であった。そして、エディは錆びた剣が目に付く。


「そういや、この剣……」


『寄贈されたこの剣は現在の製法と遜色ない製法で作られており、彼らが持つ高い技術力が示唆されてします』


 改変前と同じ注意書きだが、一言だけ追加されていることに気づく。


(寄贈された? 誰に……)


 そこでようやく気付く。自分はある少年にこう言ったのだ。


『生き残って、成長して、大人になったら外へ出たらいい』


「ガゼル……お前だったんだな……この剣、最初から……」


『でも、僕はお兄ちゃんにわかってほしいな』


 改変前から決まっていたのだ自分たちのタイムスリップは。ただ、ガゼルはエディたちに伝えたかったのだ。成長して、村から出て、旅をして、アトランティカの滅亡に巻き込まれず、エディの約束通りに生きたことに。

 その証拠こそがエディから貰った錆びた剣だったのだ。


「ガゼルゥ……お前、ずっと約束を守ってくれたんだな……」


 剣を前にエディはあふれ出てくる涙を止めることができなかった。たった7日間とはいえ、親しくした弟分の死を初めて実感したのだから。


『ありがとう、お姉さん、お兄さん』


 空から少年の声が聞こえた気がした。

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