第17話 最後の1週間

 私たちは神官たちに用意された部屋に案内され、そこで、今後の予定について話し合う。何か思うところがあったのかソフィーからマリアに変身している。


「まずは神託にあった残りの1人を探すのはどうかな」


「あと戦うなら村の人たちとの連携も重要になると思うぜ。適当に訓練とか言って連携図るのもいいかもな」


「……私から一つ言いたいところがあるのだが」


「マリアさん、何かあったんですか?」


「ああ、アテ……巫女様がせき込んでいたのとガゼルが月見草を探しているのが気がかりでな。月見草の根を使った薬は病を治すと言われている。もしかすると……」


「アイリスちゃんは巫女様を治したかったから、一人で森に?」


「おそらくな。だったら、私たちが採りに行けば、巫女様の病気を治せるかもしれない。あいにく私は薬の知識はあまり詳しくないから、ローラ、君の協力が必要だ」


「それなら、2つに分かれましょう。私とアルフォンスが居残り、前衛と後衛でエディとソフィー、探索にローラの三人ならバランスが取れそうですわ」


「あの……一つ言いづらいんですが……この時代の月見草、時代経過で姿かたち変わっていませんよね?」


 植物も動物と同じく時間経過とともに進化していく。ある植物は周りの植物との生存共存に勝つために種や茎が肥大化したこともある。

 そのため、現在の月見草が古代の月見草と呼ばれるものと全く異なる姿、もしかすると全く異なる品種を指していることもありうるのだ。


「そこはやむなし……というわけにはいかないよね」


「ガゼルが見たっていうなら、ガゼルを連れて行ったらいいんじゃね」


「うん。確か掃除させられているなら、僕たちも手伝ってあげよう。1日あれば終わるだろうし」


「行って戻ってくるのにトラブルが起こる前提で2日。残り3日で最後の一人を見つければいいんだが……」


「それはそのときさ、マリアさん」


「それもそうだな。海の皇がリヴァイアサンなら、探す手間が省けていろいろと楽できるんだが……」


「そう都合よく起こるとは思いませんが、もしそうなら非戦闘員を逃がす準備を整えないといけませんわね」


「それなら私たち探索班はそのまま3日間は罠を張ったり、避難の準備をするというのは?」


「……それがよさそうだね。じゃあ、今日はゆっくり寝て、明日から作戦開始だ!」


 生徒たちは「おー!」と手を挙げて、今日は精神的に疲れた体を休めることとなった。




「なんで勇者様が俺の手伝いなんかしているんだよ」


 ガゼルがめんどくさそうに箒で掃いていると、勇者と目される少年少女が箒と雑巾を借りて、清掃を始めているのだ。そんな様子を見て、勇者だけにやらせては面目が建たないと焦った神官たちも他のところを掃除をし始めた。この調子なら今日中、下手すれば夜になる前には掃除が終わるかもしれない。


「それはね、君に月見草があった場所を教えてほしいから、君の仕事を手伝っているんだ」


「月見草……あんたら、アイリスの母さんを助けるつもりか? どうして会ったばかりの見ず知らずの人間を?」


「困っている人が居たら助ける。普通のことですわ」


「この前、ゴブリンに襲われたのも月見草を取りに行こうとしたんだよな」


「ああ、そうだよ。アイリスとは小さいころからの付き合いだったからな。巫女様が死んだら女神様になるから名誉って聞いたけど、母親が死んであいつが泣いているの見たくねえから、取りに行ったんだ」


「もう一度言うぜ。俺たちが一緒についてやるから、月見草取りに行こうぜ」


「いいのか、本当に?」


「ああ。本当だ。俺は約束は守る男だからな」


 エディがガゼルと指切りをして、男の約束を交わしたガゼルはさっきとはうって変わってまじめに掃除をし始める。その顔にはうれしさがにじみ出ていた。


 その翌日、彼らは森の中へと慎重に進む。ガゼルの案内があることで、道に迷うことなく進めるものの何匹かの魔獣と遭遇し、撃退していた。古代の魔獣ということもあり、現在の同系統の魔獣と比べると一回りほど大きい。


 また、ローラは近くで見かけた草花の特徴を入念にノートに記入し、元の世界に戻った時に役立てようとしていた。そんなこんなで丘にたどり着くころには夕方に差し掛かろうと知るている時だった。だが、丘にはサイクロプスが2頭、ゴブリンらしきものをムシャムシャと食べていた。


 一つ目の巨人サイクロプスは現代よりも数メートルは大きく、腰巻のようなものを身に纏い、ゴブリンと同じくこん棒を持っていた。だが、ゴブリンよりも巨大なそれはかすっただけでも、吹き飛ばされそうなほど巨大である。


「ローラ、片方の足止めを頼む。ソフィーは俺の援護を!」


 エディが走り出し、油断しているサイクロプスに一太刀を入れる。だが、巨体さゆえか、致命傷にならず、2頭は撃退のため立ち上がろうとするが、1頭は足元から絡まったツタによって身動きが取れなくなっている。


「乗って、プロテクション!」


「サンキュー、ソフィー」


 エディがプロテクションで出来た足場に飛び移り、リフレクションによる力と合わさって素早く頭上へと移動する。そして、サイクロプスの巨大な目に向けて剣を突き刺し、視力を奪う。

 視界を奪われたサイクロプスがぶんぶんとやみくもにこん棒を振り回したせいで、仲間のサイクロプスの頭部を吹き飛ばしてしまう。


 近寄るのは危険と判断したローラはツタを首に巻き付けてその巨体を持ち上げ、サイクロプスがあがくがしばらくするとダラリとその動きを止めた。


 サイクロプスを倒した4人は丘の近傍で月見草をガゼルに探してもらう。魔獣が近寄ってこないかエディに見てもらっているが、その気配はないようだ。少しするとガゼルが1つの花を指さす。


 その花は薄黄色で三日月上の花弁を持ち、草陰に隠れていた。ローラが言うには今の月見草は日向にあり、花も一回り大きいことから、現在の基準で探そうとすると見つからなかったかもしれないという。


 丘で一晩野営をした後、急いで神殿へと戻り、ローラとマリアが薬の配合を行う。マリアが言うには「知識があっても実際の作業はやりなれた人が適任だ」とのこと。そのため、植物に詳しく学校で配合の授業も習っているローラの横で指示しながら薬を配合していた。


 結局、急ピッチで薬剤を作ったにもかかわらず配合が終わったのは夜明けとなり、朝方、巫女様にその薬を手渡し、飲んでもらう。巫女様が言うには「少し良くなりました」といわれ、すぐに治るものとは思っていないとはいえ、生徒たちはその言葉に喜んだ。


 生徒たちの部屋で居残り組の話を聞くと、村の人たちの協力を仰ごうとしたが、あまり積極的ではなく集まったのは数人程度だったらしい。なんでも、神託に従うの一点張りだったそうだ。


「生きるか死ぬかの瀬戸際ということなのに、あの人たちは何が何でも生きてやるという意思が感じられませんわ!」


「諦観しているというか死生に無頓着というか、ここでは神託が全てという感じだね」


「良くも悪くも神託頼み……これでは滅んでもやむを得ないという感じですわ」


「おい、どういうことだよ。滅ぶって!」


 後ろを振り返ると、そこにはノックもせずに入ってきたガゼルの姿があった。薬を飲んだことを聞いて、お礼にでも来たのだろうが、自分らの会話を聞かれてしまったようだ。


「勇者様は俺たちを救いに来たんじゃねぇのかよ!」


 そう言い残すとガゼルは外へと飛び出していった。自分らの失言が招いたため、生徒たちはその後を追っていく。ガゼルは運よく魔獣と出くわすこともなく、丘の上までいく。何をするというわけでもない。ただ夕日に向かって泣き叫んでいた。それを見たエディがガゼルのそばに近寄る。


「ガゼル……」


「触るなよ、嘘つき野郎!」


「嘘なんかついていないぜ。俺たちはこの国を助ける」


「……でも滅ぶんでしょ」


「ああ、いつかはな。それが何年後か何十年後か分からないけど、『今』じゃない」


 エディは普段よりもやさしい口調でガゼルと話す。ガゼルも泣き止み、エディの顔を真剣に見る。


「それにだ。たとえこの国が滅んだとしても誰かがそれを伝えてくれたら、その思いは遠い未来、誰かがわかってくれるはずさ」


「……ほんとうに?」


「ああ。それを調べるのに俺よりも頭いい連中がいるからな」


「……でも、僕はお兄ちゃんにわかってほしいな」


「じゃあ、生き残って、成長して、大人になったら外へ出たらいい。外にはドラゴン……って言ってもわからねぇか……強面で強そうな空飛ぶトカゲが人懐こいんだぜ。しかも人乗せて空を飛ばせてくれるんだ」


「そんなのいるの!? すごい、行ってみたい」


「だから一人前になれよ。俺がいる間は稽古してやるからよ」


「うん。わかった」


 ガゼルがそう言い、明日からエディは一緒に稽古をすることになった。

 一方で、最後の勇者、自分たちの時代から来たような人は見かけることはなく、村人たちの意識も変わらず、時間だけが刻々と過ぎていく。


 そして、神託によって示された最後の日。早朝から、生徒たちは海岸を見張っていた。無論、島の後ろから来られた場合はどうしようもないが、村に近い海岸線から来られた場合が一番被害が大きくなると考え、そこにヤマを張っていた。


 また、協力的な村人たちはガゼルと共に村の防衛線に参加している。一筋縄ではいかない戦いになると考え、ソフィーはマリアに変身している。そして、海から黒い影が現れ、飛び出していく。それは人に魚の鱗がまとわりつき、ひれなどの魚の特徴がついている半魚人だった。


「フィッシャービースト、D級の魔獣だ。こいつらはとある魔獣の支配下に置かれることが多い」


 マリアが一呼吸を入れる。フィッシャービーストは浜辺から次から次へとその数を増やし、砂浜を埋め尽くさんとする。


「間違いない。神託で示されたのはリヴァイアサン。この量からしても到底B級では収まりきれんだろう。これから私たちが戦うのはA級海皇リヴァイアサン!この戦いに勝利して、全員で未来へと帰るぞ!」


 マリアの号令により、生徒たちといまだ姿を見せぬリヴァイアサンとの戦いが切って落とされた。

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