第16話 変わる過去
ソフィーたちは民衆の熱狂が冷めぬ中、草陰で今後どうするかについて話をしていた。神託の儀の時にわかったタイムスリップはクレアを除いて、衝撃的な出来事だからだ。
「元の世界に戻る方法……思いついた人いる?」
「いるわけねぇだろ」
「こういうときは魔法について詳しい人に聞くべきね」
「それなら、お姉ちゃんを呼んでみる」
ソフィーはマリアに変身するが、あまりにも異常な出来事のせいか肝心のマリアも若干浮かない顔をしている。
「マリアさん、僕たちが戻れる方法、可能性だけでもいいから教えてもらってもいいですか」
「アルフォンス、皆も別にかしこまらなくてもいいぞ。まあ、可能性が限りなく低いうえに仮説に仮説を積み上げているようなものでもいいなら、あるにはある」
4人がゴクリと息のを飲む。元の世界に戻れる方法、それについての道しるべになるのであれば、一言一句聞き逃してはいけないからだ。
「まず、タイムスリップが起きた原因だが、その原因はあの津波に由来するものと考えられる」
「まあ、俺たちが直前に体験したのがそれだもんな」
「ですが、巻き込まれたのは私たちだけでないはず。他の人たちはどうなりましたの?」
「さあな。この仮説は私にとって都合の良いものだけを集めているからな。整合性が取れていない箇所が多い」
マリアの言葉を聞いてクレアは軽くため息をつく。説得力が乏しい話ということに落胆したからだ。
「クレアちゃん、最後までマリアさんの話を聞きましょう」
「そう……ですわね」
「あの津波がタイムスリップの原因なら、なぜ起こったのかが問題になる。通常の津波にはある動物の大移動などの予兆が見受けられないにも関わらずだ」
「つまり、誰かが人為的に引き起こした……というわけですか?」
「人であの規模の津波は無理だろうから魔獣だと思うが、そういうことになる。津波を引き起こす魔獣にはシーサーペント等もいるが、一番有力なのはB級海竜リヴァイアサンだろう」
リヴァイアサン、それは青く細長い蛇のような体を持つドラゴンの一種。その口から放たれる水のブレスは鉄鋼さえも撃ち抜くといわれ、海上で出会えば死は免れないと恐れられる魔獣である。ただし、沿岸部で戦うのであれば、被害は免れないが対処は可能である。
だが、リヴァイアサンが何よりも恐ろしいのは、その戦闘力よりも大津波を引き起こし近隣の街や港を壊滅させるケースが多々あるということだ。そのため、リヴァイアサンは戦闘力からB級と判定されていても戦闘後の被害はA級のそれに引けを取らない。
「仮にリヴァイアサンが原因だったとしてそれが僕らの戻れる方法に何か?」
「大いに関係あるぞ。リヴァイアサンは海中では敵なしの魔獣だ。それゆえ個体数も少ない。つまり、この時代のリヴァイアサンを倒せば、私たちの時代にいた末裔のリヴァイアサンも居なくなり、津波が起きなかったという未来に置き換わる」
「津波が無ければ、私たちも過去に行くきっかけがなくなる。つまり、元に戻れるというわけですわね」
「でもよ、俺たちが居なかったら、リヴァイアサン倒せなくね?」
「あっ、それ本で読んだことがあります。タイムパラドックスというものですよね」
マリアの考えは過去の出来事を変える(リヴァイアサンの討伐)ことで、過去にいく原因(リヴァイアサンの遭遇)を取り除き、過去に行かなかったという未来改変を起こすというもの。だが、過去に行けなければリヴァイアサンを倒せないという致命的な矛盾が生じる。それがタイムパラドックスだ。
「タイムパラドックスがどうなるかも不明なうえに私たちがこれから倒すリヴァイアサンが原因を起こしたリヴァイアサンの先祖か本人かであるかも不明だ。もう一つ言うなら、リヴァイアサンがどこにいるかも不明だ」
マリアは一呼吸入れてさらに悪い知らせを続ける。
「しかも、ここは古代の時代。リヴァイアサン自身の戦闘力も上昇している可能性が高いから、出くわしたら天災級と同等の被害が出てもおかしくない強敵だ。しかも私の魔力は邪龍との戦いで使い切ったから被害を抑えれるほど回復しきっていない。もし沿岸部で戦えば、アトランティカは間違いなく壊滅的被害を受ける」
「またまたまた天災級。しかも課題がてんこ盛りですわ……」
クレアが小さくつぶやき、マリアから戻ったソフィーも含め、皆がそれにうんうんと頷く。そんなときだった。街の中が騒々しくなり、槍や剣などの武器を持った大人の人たちが森の中へと入っていく。
「アイリス様、返事をしてください!」
どうやら、人を探しているようだ。村の人にご飯どころか泊めさせてもらった恩もあり、生徒たちも手伝うことにした。
「森よ、迷い人を探す道しるべとなれ!ピーピングフォレスト」
ローラが探索用の魔法を唱えると、ツタがゆっくりと伸びていき、そのあとをついていく。しばし歩いていくと、魔獣と思われる足跡と小さな人の子の足跡が見つかる。真新しいため、それほど離れたところにはいないと考えた生徒たちは手遅れにならないよう走り出していく。
そこに居たのは、豚が二足歩行をしているような2m程度のC級の獣人、オーク。ワーウルフが速度特化の獣人なら、こちらはパワー特化の獣人だ。その力はただ殴るだけで身の丈と同じくらいの岩と砕くほどだ。そのオークが巫女様と呼ばれた女性と同じ青と白を基調としたシスター服のような服を着ている小さな金髪の女の子を握りしめている。
あの子がアイリスと考えた生徒たちが前に出ようとしたとき、日焼けした一人の少年、昨日ゴブリンから助けた男の子ガゼルが飛び出す。手には木製の剣とはたから見ると舐めているようにしか見えない。慌てて、エディがガゼルの前に立ち、ソフィーはいつでもプロテクションを張る準備をする。
「馬鹿野郎!死にてぇのか!」
「だって……俺だってアイリスを守りたいんだ」
「だったら、そんなおもちゃなんか捨ててこれでも持っとけ」
エディが使い慣れた剣を万が一のためにガゼルに手渡し、自分は予備の剣を抜く。踏みつぶせば消えるとしか思っていないオークは空いている拳を大きく振りかぶったが、プロテクションに阻まれる。
いつものリフレクションを使っていないのは人質がいるせいだ。そう考えたエディはソフィーに向かって走り出し、「プロテクションとリフレクションの準備よろしく」と言い、ジャンプする。
エディの行動を理解したアルフォンスが風魔法を使い、エディの身体を空中でオークが居る方向に方向転換し、落下時にプロテクションを足場にして蹴り飛ばす。
強化魔法で蹴った衝撃にリフレクションの力が加わり、猛スピードで突進するエディはオークが反応する暇を与えず、人質を持っていた腕ごと切り落とす。ローラは空中に投げ出された人質をツタでキャッチし、それを見たクレアが傷口にアイスニードルを飛ばし、オークを貫いた。
生徒たちが安全を確認すると、ガゼルが人質の子に駆け寄る。
「アイリス、大丈夫か」
「う~ん……ガゼル、ここは?」
「森の中だよ。この人たちが助けてくれたんだ」
ガゼルが生徒たちの方を見ると、アイリスは彼らに「助けていただき誠にありがとうございます」深々と頭を下げる。可愛らしい少女の言葉に照れ臭くなったのか男子たちはちょっと頬を染める。
「当たり前のことをしただけだよな」
「まあね。魔獣と戦うのはハンターの仕事の一つだから」
「この時代にギルドはないけどね」
「見慣れない方たちですが、もしや……勇者様ですか!」
神託の儀でも同じ言葉を聞いたと生徒たちは思った。仮に自分たちが勇者なら、何と戦わせるつもりだと。リヴァイアサンと戦わないといけない上に3度目の天災級との戦闘もとかだったらやめてくれと思いながら、恐る恐るその誘いに乗ることにした。
「僕たちが勇者かどうかはわからないけど、自分たちにできることなら手伝います」
「ありがとうございます。母上も聞いたら喜ぶことになると思うので、神殿に参りましょう」
アイリスの案内で、神殿の中へと入っていく生徒とガゼル。神殿内部で怪訝そうな顔をした神官らしき人もいたが、近くにアイリスがいたおかげか注意されることもなく、奥深くの部屋へと入っていく。
中へ入ると、神託の儀で神託を行った巫女が目の前の女神像に祈りをささげるのをやめ、アイリスを見るや否や泣きつく。
「アイリス、勝手に森の中へ入ったらだめと、あれほど……ケホッ、ケホッ」
「ごめんなさい」
「アイリスは悪くないんだ。俺が森を抜けた丘に月見草があるって言ったから……」
「……わかりました。しかし、子供とはいえけじめをつけなければなりません。貴方には神殿内部の清掃を任せます。それが終わるまで外出禁止です。良いですね」
「わかりました」と言ってガゼルは引き下がる。権力者の娘を危険にさらした行為として極刑もあり得るレベルと考えれば、かなりの恩情があると言っても差支えはないだろう。
「ところで、貴方たちは? 見かけない顔ですが」
「この人たちは勇者なんだよ。悪いオークをあっという間にやっつけたの」
「オークを? ……勇者様、私たちに力を貸してください」
「力を貸すっといっても何をどうすればいいんだよ?」
「わかりました。それでは我が神託をお見せしましょう」
巫女様が手持ちの鏡を頭上に掲げると金色に輝く魔力の光。それを見たソフィーは「お姉ちゃんと同じ……」と小さく呟く。
「出ました。女神さまは『7つの夜が明け、最期の戦いが始まる。海の皇に7人の勇気がそれを打ち払う』と仰っておりました」
「つまり、1週間後に俺たちは何かと戦わないといけないわけだな」
「でも、私たち、5人ですよね」
「お姉ちゃんも居れて6人」
「それでもあと一人足りねえな」
「じゃあ、この1週間の間にもう一人探さないといけないね」
巫女様が辺りを見渡すが、目の前にいるのは男子生徒2人と女子生徒3人だけ。あと一人はまるでいるかのように話しているのが不思議に思い、彼らに話しかける。
「……すみませんが、もう一人はどこに」
「これは失礼を。ソフィー、マリアを呼びなさい」
マリアに変身する際に放たれる魔力光に巫女様とアイリスは目を見開く。それは彼女たちが信じる女神様と同じ魔力光だからだ。
「……あまり出たくなかったのだが。名乗るのが遅れました。『私』はソフィー、そして、今の私はマリアと呼んでください。アテナ様、アイリス様」
「そういえば、自己紹介していませんでしたわ。私、レー……と言ってもここでは意味をなさいので、天才美少女のクレア・アークライトと名乗らせていただきますわ」
「俺はエディ・ガーボイック。この中だと実家の階級が高いが、俺は気にしてねぇし、意味をなさないのは同じだから、気軽にエディと呼んでくれ」
「私はローラ・ハミルトン。植物が好きで、古……ここの植生に興味があるので、後でいろいろと調べさせてください!」
「最後は僕だね。僕はアルフォンス・クレバー。風魔法の使い手で、このパーティの取締役(リーダー)かな」
自己紹介を終えるとマリアからソフィーに戻り、巫女様は5人の様子をじっくりと見る。まっすぐでありながら、強い意志を持った瞳は必ずどんな困難でも乗り越えられると感じさせる。そして、彼ら以外誰もいない一室で巫女を継承してからは久しぶりに頭を下げた。
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