第14話 エミリアの憂鬱
エミリアはどうしてこうなったと悩んでいた。平民からなんとか教師になって10年近くやっており、ベテランと呼ばれる域に達している。才能も男運はないが、それなりに平凡な暮らしを過ごしていたとは思う。
今年の新学生の名簿を見る。そのほとんどが男爵家・子爵家からの出身で私のような平民出身となると限られている。ただ今回は私の受け持つクラスにクレア・アークライトという女子がおり、教頭から「何があってもお守りすること」と強い要請があった。彼女の家柄を考えれば、当たり前のことだし、生徒を守るのは教師の務めでもある。だからこそ、私は教頭の申し入れを受け入れた。
そして、最初のフィールドワークの日がやってくる。巨大ムカデと遭遇した私は、万が一のため、防御呪文を待機させながら、生徒たちの自主性に任せた。真っ先に飛び出したクレア女史は氷柱を出してムカデを貫いてく。わずか12歳で魔獣を倒せる彼女のような人間を天才というのだろう。
だが、私を驚かせたのはもう一人いる。ソフィーと呼ばれる平民出身の女子生徒だ。周りの女子と比べても一回り小さい彼女は、マスコット的な存在で小等部を過ごしてきたらしい。彼女の成績も、文字の読み書きに四苦八苦する平民出身にしては良い点数であった。
そんな彼女が使ったリフレクションの活用方法がとんでもないものだった。リフレクションを何度も使うことによる嵌め殺し。それは現代の魔法使いでは誰も思いつかない方法で、魔獣を倒していたのだ。子供ならではの柔軟な発想は時に大人を驚かせる。そう思いながらフィールドワークを進めていった。
そして、それは起こった。Cクラスのハンターが行方不明というイレギュラーな事態が。Bクラスのハンターと生徒の半分が探しに行くことになり、私たちは残って街の防衛をすることになった。魔獣の巣をつぶしていないのか今日は魔獣の出現が少なく、生徒たちが攻撃するだけで倒せるほどだ。そんなとき、複数の人間が私たちを取り囲む。盗賊かなにかと思った私は魔法を唱えようと構える。
「ここはワイに任せておき」
シルバーさんが魔法陣を展開し、骸骨兵士を召喚していく。召喚術師自体が貴重なため、生徒だけでなく私も生で見るのは数えられるほどしかいない。だが、骸骨兵士は彼らだけでなく私たちの逃げ場を封じるかのように配置されている。そして、首元にはそっとナイフが当てられている。
「な、なんで……」
「そりゃあ、ワイの取引き先やし。まあ、あんさんもそこそこキレイやから、売れるやろう。魔法使いの良い素材は昨日手に入ったし」
「まさか、今朝の……」
「ご明察や。でも、それ以上言うと、生徒たちがどうなるかわからへんで」
骸骨兵士を使って生徒たちを人質に取られ、背後を取られた私に反抗する手段はなかった。牢に連行される道中素材の用途があると言って三人を別の牢に連れていかれてしまう。
もうどうしようもないと思っていた時、連れていかれたはずのBランクのハンターとクレア女史、そして謎の女性が助けに来た。二人には私たちと同じ処置が施されていたはずだから、謎の女性が忍び込んで救出したと考えた。だが、もう一人の生徒ソフィーがいないため、どこにいるのかを訪ねると安全圏に先に誘導させたと返事があり、一安心する。万が一、魔獣に襲われても彼女なら難なく撃退できるのはムカデのときにわかっていたからだ。
そして、生徒をすぐさまコダインにあるギルドまで誘導し、ここまでの経緯を話した。運よくギルド長が来ていたらしく、いくつかの手続きを簡略化してシルバー討伐部隊の募集が行われるはずだった。
災害級の発生。
私は地面に手をつき、あのとき付き合っていた彼と結婚したかったなと後悔していた。だが、そんな後悔よりも今は生徒たちの避難が先と思い直し、彼らをコダインの外へと逃がす。馬車はないため、徒歩でどこまで逃げられるのかと思っていたら、金色の竜巻によって災害級魔獣が撃退された。どういうことよ。
奇跡的に生き残った私たちに課せられたのはドラゴン退治の手伝い。生徒たちでも戦闘時の後方支援、非戦闘時の食料調達や炊き出し等、やれることは多い。そういった経験を積ませるためのフィールドワークであり、帝国の密入国者と戦うようなことは考えていなかった。だが、遠目とはいえ災害級と出会った経験がある彼らは気遅れする様子もなく、果敢に戦い勝利した。
着いた途端のワイバーン戦は焦ったが、Aランクの方々の活躍により、難なく撃退した。彼らなら、あっという間にドラゴンを倒せると思い、安心したのもつかの間、翌日ソフィーが誘拐された。しかも、自らの意思でドラゴンたちを守っている始末だ。
(何やってんの? あの子。逆よ逆!)
と混乱していた。さらに深夜遅くにはクレア女史が別任務でAランクの女性と一緒に行くことになったのを事後報告される。もうどうにでもなれと投げやりになりつつあった私は2つ返事で承諾していた。Aランクと生徒たちがダンジョンに入ってしばらくしてから、地面からゾンビが這うように出てきた。理由はわからないが、集落の人を守るために1発、2発と魔法を放っていく。だが、数が違いすぎて焼け石に水といったところだ。
近くにいた男性がゾンビに飛びかかられ、やられそうになった時、上空から来たドラゴンによってゾンビが食いちぎられる。その後、ドラゴンは集落を守るかのように前に出て火のブレスを放ち、ゾンビを燃やし尽くしていた。私と集落の人々は戸惑ったが、彼らが敵対する様子が無いのであれば、敵の敵は味方理論でドラゴンを援護していく。そして、戦闘は終わり、祝福するかのように光の雪が降り注いだ。
その後、A今年2度目の災害級が出現の報告を聞いて、胃痛がひどくなった気がした。生徒たちにはこれ以上変なことに巻き込まれないように願いながら、ここ最近にお世話になっている薬を飲む。ああ、昔のように私は平凡に生きたい。
「しかし、2度も災害級と戦う羽目になるなんてな。俺かあんたらの中に疫病神がいるんじゃねぇの?」
「フフフ、でもアイアン君。なかなかいい腕していたと思うけど。スカウトしてみない?」
「おいおい、俺が騎士団に入っても足手まといにしかならねぇよ。それにあまりお堅いのが好きじゃないんだ。ハンターのまま気楽に生きるとするよ」
「……そうか。お前の腕をかっていたのだが」
「騎士団のAランクにそう言われるのは冥利に尽きるってもんよ。近くに行くことがあったら、入団テストくらいは受けてやってもいいぜ」
「なら、その時を楽しみにしている」
「じゃあな」と言って、アイアンはまた旅に出る。そして、騎士団も自分らの馬に跨り、
「世話になった。もし、王都に来るような言葉があれば観光案内くらいはしてやってもいい」
「つまり、クラインの財布で食べ放題・飲み放題付きよ」
「!? クラス分全員の代金をつけさせようというのか!」
「当たり前じゃない。ああ、あとあたしの分もお忘れなく」
「お前は払え」と言って、騎士団たちは走り出していった。そして、学園も帰りの馬車に乗り込んでいく。
ソフィーは帰りの馬車の中、同伴のクラスメートに質問攻めされていた。クラスメートの前でマリアの変身が解けたからだ。ビーストキングの事件後に入ってきた人はともかく、事件前からのクラスメートなら自分たちを助けてくれた謎の女性が自分だとわかれば、それだけいろいろと思うところはあったに違いない。クラスメートにせがまれ、ソフィーはマリアと交替する。
「やっぱりあのときの人だったんだ」
「ああ、そうだ。確か君はローラだったか。で、君がエディ」
「おっ、あいつとはあまり話したことねぇけど知っているのか?」
「ああ、名前だけはな」
ローラは「そうよね」とクスクスと笑い、エディが「うるせぇ」と怒鳴り散らかす。正体がばれても普段と変わらない日常に安心したマリアはソフィーと交替し、ゆっくりと休んだ。生徒たちはワイワイと騒いでいるが、このときの彼らの頭の中から学生にとっての災害級、期末試験のことが抜けて落ちていたことに気づくのはもう少し先のことであった。
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